2008年11月19日

腐っていく感じ

花腐し (講談社文庫)
松浦 寿輝
4062751216

小説はまだ『もののたはむれ』をたわむれに読んでみただけなのだけど、なんかどれもこれも似たような感じの話。くたびれた中年男が東京のどこかうらぶれたあたりで迷子になり、過去の亡霊(それはたいてい昔の女である)に捕らわれて、ぐずぐずに腐っていく。『花腐し』のほうは腐り方が半端でなくて、本当に腐臭が漂ってきそうなくらい汚らしい。読んでいるこちらも投げやりな気分になってきて、そうだそうだ何もかも腐ってしまえばいいのだ、と自堕落な午後をたゆたってしまいそうになる。
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2008年11月18日

雨はコーラがのめない

雨はコーラがのめない (新潮文庫 え 10-14)
江國 香織

雨はコーラがのめない。しとしと降る雨とぱちぱちはじけるコーラはたしかにまじりあわないだろう、明るい世界への漠然とした拒絶、のようなものを感じさせる素敵なタイトルだな、と思っていたけどなかなか江國香織のエッセイなど手にとる機会はなく、昨日図書館でたまたま見かけたので借りた。タイトルを知っていたのはLISA GERMANO「Lullaby for Liquid Pig」のアマゾンレビューに「江国香織が『雨はコーラが飲めない』というエッセイの中でとりあげていて、ライナーノーツを書く依頼があったと言っているので」、と書かれていたから。ちなみに「雨はコーラが飲めない」とのめないを漢字にして検索すると出てこない。どんどんひらがなが増えていく傾向が私はあまり好きではない。

中を開くと「雨」は飼い犬のアメリカン・コッカスパニエルの名であることが判明する。なあんだ。そりゃコーラは飲めないね。雨と、音楽の話がたんたんと続く。カーリー・サイモン、クイーン、尾崎紀世彦、スティング、シェール、リッキー・リー・ジョーンズ、おやおや、LISAはいつ出てくるんだろ。ライナーノーツを書く依頼があったというのはメリー・コクランというアイルランドの女性歌手のことだそう。LISAの国内盤に江國香織のようなビッグネームがライナーを書く、なんてこと、ありえそうにない話だもの。

雨は非常に元気のよい犬である。あちらこちらをかじりまわり、壊しまわり、遊んで遊んでとじゃれついている、とてもかわいい犬。この雨のイメージとLISAのイメージはまるでかぶらない。きっとあの気だるい音をきいたら雨はつまらなく思って眠ってしまうだろう。

そんなことを思いながらぱらぱらページを繰っていくと、雨はかわいそうに、白内障を患って失明してしまう。もちろん江國香織はそのあたりのことを悲劇的に書いたりはしない。ドライな言葉を選びながら、それでも確実に悲しい気持ちが伝わるような、さりげない書き方をする。白く濁った雨の眼球、光を失った犬、さて、そこでLISAだ。

やはり「Lullaby for Liquid Pig」の流れる部屋に雨はいない。ワクチン接種に出かけている。「LISA GERMANOのアルバムは、不在の存在する部屋に、嘘みたいにしっくりなじむ」。ああ、なるほど。私の部屋には不在が満ちているからね。雨が帰ってきたらホイットニー・ヒューストンとかサンタナを、「もっと現実的で雨好みと思われる曲をかけよう」、と江國香織。あらあら、そうですか。

「Lullaby for Liquid Pig」は、今日みたいな薄曇りの日によくなじむ。これで小雨でもふりはじめれば、もっとぴったりなのだけど。

Lullaby for Liquid Pig
Lisa Germano
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こちらはYOUNG GODから再発されたボーナストラック入りのもの。わたくしの最も愛する音楽です。
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2008年11月10日

虎よ、虎よ!

虎よ、虎よ! (ハヤカワ文庫 SF ヘ 1-2)
アルフレッド・ベスター 寺田克也 中田 耕治
4150116342

胸のもやもやがふっとぶようなすかーっとした壮絶な復讐譚、というのを想像して読んだのだが、展開すらジョウント(未来世界において可能になるらしい瞬間移動のこと)してしまうイージーさがどうも受け入れがたかった。巻末付近のタイポグラフィーも唐突すぎてちょっと。感覚の交錯には興味あるけれど、それがあのタイポグラフィーでうまく表現されているとは言い難い。ガリー・フォイルも底が浅いし。1956年の発表当時にはきっと、ものすごく斬新な作品だったのだろう。2008年においては、残酷さが足りず、複雑さが足りない。
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2008年11月07日

さようなら、ギャングたち

さようなら、ギャングたち (講談社文芸文庫)
高橋 源一郎
4061975625

えー、ホントに読むのかな、と思いつつなんとなく図書館で借りてみる。案の定わけがわからないのだけれど、わからないながらもきちんと「小説」として読めてしまったこの不思議。それも読みやすい。おまけにほろりとさせられた(悔しい)。第一部のタイトルは「中島みゆきソング・ブックを求めて」というのだが、それから連想させられる中原昌也の『マリ&フィフィの虐殺ソング・ブック』の無意味に比べればはるかに何かがある(日本語おかしいな)、何があるのか分からないけど。講談社文芸文庫、というのがどーしても腑に落ちないが、『ジョン・レノン対火星人』も『虹の彼方に』も読んでいいと思った。いやいや、読みます、読ませていただきます、インテリ源ちゃん(なつかしー)。
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2008年11月05日

世界は蜜でみたされる

世界は蜜でみたされる―一行物語集
飯田 茂実

こんなの大好き。333の断章。「世界のすべての人びとを愛するために、彼女は電話帳を開き、ひとりひとりの名前を精魂こめて覚え始めた。」「彼は日曜日の出来事を詳細にしたためた日記を一冊書きあげるのに月曜日から土曜日までの六日間を費やして、遺産をゆるゆる食いつぶしている。」「秘密の隠し場所から、青年時代の日記を取りだしてみると、何者かの手で、忘れ難い出来事の数々が書き換えられていた。」などなど。ほとんどイメージの一発勝負だが、イメージを殺さない言葉を選ぶことは本当に難しい。とても良い本だけど、ルビはいらないと思った。
posted by nadja. at 21:22| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月31日

ひとこと言わせて(いや、ひとことじゃ無理)

私が高校3年生だったちょうど今頃、だったと思う、推薦入試が終って、それなりに進路を確保したクラスメイトたちが教室に大量のマンガを持ち込み始めたのは。あのね、あんたたちは終わったかもしれないけどね、素行の悪かった私はね、とてもじゃないけど推薦なんかしてもらえなくて、これからなんだよね、これから追い込みなんだよ、なのに何よ、そのマンガ、

ということで手に取ったのが『王家の紋章』であったのだった。やめとき、という制止の声を振り切って読み始めたが最後、当時で30巻くらいまで出てたのかなぁ、あとはもう、何をかいわんや、である。

そして今、会社では『天は赤い河のほとり』(文庫で全16巻)が回し読みされていて、私もめでたく仲間外れにされずにその恩恵を賜った。以前から『王家』に似てる、着想が全く同じ、エピソードもかぶってる、パクリだ、パロディだ、という噂を小耳にはさんではいたのだが、読了してみて、

これは(『王家』+『BASARA』)÷2だよ!

という結論に達したのであった。以下は激しいネタバレになるので読みたい人だけ読んでください。
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2008年10月27日

凍る世界

結晶世界 (創元SF文庫)
J・G・バラード
4488629024

ついでにもう一冊バラード。バラードを代表するオールタイムベスト作品、ということなのだけど、これがいまいち、ということは私はどうもバラードに向いていないんだろうなぁ。頻出する「どえらい」という訳語もどうも気に食わない。原文ではどんな表現なんだろう。

次第に結晶化していく世界、という終末は、前に読んだ『沈んだ世界』の蒸し暑さよりも硬質で良いが(アンナ・カヴァンの『氷』を連想する)、あまり深さを感じないのは、サンダーズ博士およびベントレスら、ソーレンセンら登場人物がドタバタしすぎて関係性が曖昧になり、動機の部分がはっきりしないからではないか。永遠の時間の相のもとに、生きることも死ぬこともなく結晶となり凍結されるというのなら、ハンセン病という病を分かち合ったサンダーズとスザンヌが、もっと掘り下げられていてほしかった。
posted by nadja. at 01:45| SF | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月25日

リゾートへ

ヴァーミリオン・サンズ (ハヤカワ文庫SF)
J・G・バラード 浅倉 久志
4150106916

「ヴァーミリオン・サンズは未来が実際にどんなものになるだろうかという、わたしなりの推測である」、と冒頭。「明るすぎる砂漠のリゾート」、ヴァーミリオン・サンズ。アリゾナとイパネマ・ビーチの中間を想起されたし、とのこと。セレブリティが集うこの架空のリゾートでの、雲の彫刻だったり、歌う花だったり、歌う彫刻だったり、成長し続ける彫刻だったり、着る人の感情にあわせて形状を変えるドレスだったり、住む人の感情を記憶してこれまた形状を変える屋敷だったりの、たしかに未来的で、どことなくけだるい物語が9つ。未来はどうやら、われわれの内的な感情が外的環境に直接作用を及ぼす世界であるようだ。『ドリアン・グレイの肖像』をどうにかしたような、「希望の海、復讐の帆」がお気に入り。VTというヴァース・トランスクライバーがあらゆる詩を作り出してしまい、誰も詩を「ほんとうに」書かなくなるという設定の「スターズのスタジオ5号」も◎。しかし読む季節も場所も間違えた。夏場に、それこそリゾート地で、真昼間からシャンパンでも飲みながら、読んだらさぞ、気持ち良さそうな。
posted by nadja. at 23:01| SF | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月18日

罪の天使たち

ブレッソン『罪の天使たち』を神戸アートビレッジで。「フランス映画の秘宝」、と銘打たれているだけあって垂涎のラインナップ。ほかのも観たかったな。

『罪の天使たち』はブレッソンの処女作であるそうで、省略やほのめかしはなし、「罪を知らない魂に罪深い魂を救うことができるか」というテーマに正面からまともにぶつかっている。熱血修道女であるアンヌ=マリーの体当たりの、自己陶酔的な救済の「押し付け」に、元受刑者でありさらに罪を重ねているテレーズの冷ややかな魂はどう応えるのか。

「100年の最初の一日だもの」、というアンヌ=マリーの潤んだ瞳が胸を打つ。
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2008年10月17日

より大きな希望

より大きな希望 (1981年) (妖精文庫〈29〉)
イルゼ・アイヒンガー
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「ゲオルク、橋はもう無いわ」
「ぼくたちで、新しい橋をかけよう」
「その橋は何て名前にする?」
「より大きな希望、さ。ぼくたちの希望なんだ」
「ゲオルク、ゲオルク、星が見えるわ」

なんとも象徴的な言葉で綴られた希望或いは絶望の物語。ナチス支配下の、というバイアスをはずすことはできないが、確定的な表現を極力避けた描写は詩篇のようですらある。神は我々を嘲笑っている、だから青一色の世界へ飛ぶには己の足しか頼むことはできない、けれどその青一色の世界の別名を皆が知っているから、より大きな希望はとても悲しい。イメージの残像を追いかけていくような一種特異な読書体験。
posted by nadja. at 23:47| 小説*海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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