2009年01月18日

セラフィタ氏

セラフィタ氏
柴田 千晶
4783730539

現代詩手帖の「現代詩年鑑2009」を読んでいて気になったものだから。安い性愛。薄い幻想。こんなものに頼らねばならぬほど、わたしたちは(わたしにはこの詩の主体に自分を重ねる資格がある、VDT作業は一時間までとする…)からからに乾いているのか。

虚無の穴いくつもありて快楽の穴にも虚無が充填される

からみつくように差し挟まれる短歌。

(キットアナタハ今以上、モット孤独ニ
 モット独リニナレルデショウ)

このからからに乾いた質感と、はしたない欲情とが危ういバランスを保ちながらセラフィタ氏とのやりとりはすすみ、そして次第に世界の箍が外れていく。それはいいのだけれど、とてもいいのだけれど、収斂していく最後の叫びがあまりにも凡庸で、ああ、これが現実か、と、わたしたちの救済はそこにしかないのか、と、溜め息をついた。
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2008年12月23日

闇の子供たち

闇の子供たち (幻冬舎文庫)
梁 石日
4344405145

フィクションだそうで。たまたま人から借りたのだけれど幻冬舎文庫という段階で読む気が失せ、三分の一くらいで吐き気がした。あとは斜め読み。露悪趣味、或いは偽悪趣味のオンパレードで、露骨な性描写とストーリーを追うだけの平凡な文体にうんざりする。いわゆる「神の視点」からの三人称小説であるはずなのにそこらじゅうに散見する過剰な主観的表現が鼻について仕方ない。客観的に外側から書かれているはずのものが突然内側から痛みや苦痛を訴えかけてくる、というのが、もしも作為的なものだとしたら、趣味が悪いとしかいいようがない。

冷蔵庫とテレビのために娘を売り飛ばす親。恥知らずな欲望を「後進国」相手に垂れ流す「先進国」の変態たち。腐敗した政府、官僚、警察組織、金に群がるマフィアたち(彼らもまた「元闇の子供たち」であり、そこには断ち切ることのできない再生産の仕組みができあがっている)。たとえフィクションであっても現実は遠からず近からずというところにあるのだろうし、一読することに意味がないとは思わないけれど、この悲惨な子供たちを生み出したのはあなたが享受している豊かな物質社会なのですよ、あなたのその恵まれた生活はこのかわいそうな子供たちの犠牲の上になりたっている、非人間的なものなのですよ、ということくらい、実感として分かっている。グロテスクな想像力と独善的な正義感を押しつけられる、非常にいやな本である。たぶん映画はDVDになっても観ない。
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2008年12月13日

不条理も反抗も

せっかくカミュまでいったから、ついでに『シーシュポスの神話』『反抗的人間』を読み返してやろうと思ったんだけど、読めない。読めないの。まずもって「不条理」という言葉じたいがものすごくなじみのない言葉のように感じられて、最初の1ページ目から自分が拒絶されているように思える。ありえない。恥ずかしいことだけれど、中身をぱらぱらめくればそこにはたくさんの傍線が引いてある。「不条理という言葉のあてはまるのは、この世界が理性では割り切れず、しかも人間の奥底には明晰を求める死物狂いの願望が激しく鳴りひびいていて、この両者がともに相対峙したままである状態についてなのだ」、ものすごく的確な傍線であることは分かる、カミュが『シーシュポス』で不条理と呼ぶものはたしかにこの「表象不可能性」であるのだ、けれども「明晰を求める死物狂いの願望」、もうここが無理だ、わたしは不明瞭な地点でまどろむことに慣れていすぎる。

『反抗的人間』にいたってはさらにひどい。「自己の裡に、保存すべき永遠的なものがないとしたら、なぜ反抗するのだろうか?」保存すべき永遠的なもの? そんなものどこにもない。だから「反抗」という概念じたいが初手から無効化されている。それでも、そんなばかな、とページを繰ろうとしても、文字が意味を結ばない。

おまえには、もう、読む資格がないのだよ、と突き放されている気がして、とても悲しい今日である。
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2008年11月28日

古くならない

ソクラテスよ、哲学は悪妻に訊け (新潮文庫)
池田 晶子
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図書館の返却コーナーにあったので手に取る。昨年若くしてお亡くなりになった。この人の文章は雑誌の連載などで見かけるたびによく読んでいた。独特の、切れ味のよい、「哲学エッセイ」は読んでいて楽しい。あるとは何か、考えるとはどういうことか、といった超オーソドックスな「哲学」を、何かの引用に頼ったりせずに書いているところに、私自身はこんな考え方はまったくしないのだけれど、好感が持てる。ずいぶん古い本なのでやり玉にあがっているのはオウム事件だったり唯脳論だったり臨死体験だったりするが、ソクラテスとクサンチッペのやり取りは漫才のようで、退屈しなかった。こういう話は、2000年前から続いているのだから、けっして古くならない。
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2008年11月18日

雨はコーラがのめない

雨はコーラがのめない (新潮文庫 え 10-14)
江國 香織

雨はコーラがのめない。しとしと降る雨とぱちぱちはじけるコーラはたしかにまじりあわないだろう、明るい世界への漠然とした拒絶、のようなものを感じさせる素敵なタイトルだな、と思っていたけどなかなか江國香織のエッセイなど手にとる機会はなく、昨日図書館でたまたま見かけたので借りた。タイトルを知っていたのはLISA GERMANO「Lullaby for Liquid Pig」のアマゾンレビューに「江国香織が『雨はコーラが飲めない』というエッセイの中でとりあげていて、ライナーノーツを書く依頼があったと言っているので」、と書かれていたから。ちなみに「雨はコーラが飲めない」とのめないを漢字にして検索すると出てこない。どんどんひらがなが増えていく傾向が私はあまり好きではない。

中を開くと「雨」は飼い犬のアメリカン・コッカスパニエルの名であることが判明する。なあんだ。そりゃコーラは飲めないね。雨と、音楽の話がたんたんと続く。カーリー・サイモン、クイーン、尾崎紀世彦、スティング、シェール、リッキー・リー・ジョーンズ、おやおや、LISAはいつ出てくるんだろ。ライナーノーツを書く依頼があったというのはメリー・コクランというアイルランドの女性歌手のことだそう。LISAの国内盤に江國香織のようなビッグネームがライナーを書く、なんてこと、ありえそうにない話だもの。

雨は非常に元気のよい犬である。あちらこちらをかじりまわり、壊しまわり、遊んで遊んでとじゃれついている、とてもかわいい犬。この雨のイメージとLISAのイメージはまるでかぶらない。きっとあの気だるい音をきいたら雨はつまらなく思って眠ってしまうだろう。

そんなことを思いながらぱらぱらページを繰っていくと、雨はかわいそうに、白内障を患って失明してしまう。もちろん江國香織はそのあたりのことを悲劇的に書いたりはしない。ドライな言葉を選びながら、それでも確実に悲しい気持ちが伝わるような、さりげない書き方をする。白く濁った雨の眼球、光を失った犬、さて、そこでLISAだ。

やはり「Lullaby for Liquid Pig」の流れる部屋に雨はいない。ワクチン接種に出かけている。「LISA GERMANOのアルバムは、不在の存在する部屋に、嘘みたいにしっくりなじむ」。ああ、なるほど。私の部屋には不在が満ちているからね。雨が帰ってきたらホイットニー・ヒューストンとかサンタナを、「もっと現実的で雨好みと思われる曲をかけよう」、と江國香織。あらあら、そうですか。

「Lullaby for Liquid Pig」は、今日みたいな薄曇りの日によくなじむ。これで小雨でもふりはじめれば、もっとぴったりなのだけど。

Lullaby for Liquid Pig
Lisa Germano
B000QUTSCU

こちらはYOUNG GODから再発されたボーナストラック入りのもの。わたくしの最も愛する音楽です。
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2008年11月05日

世界は蜜でみたされる

世界は蜜でみたされる―一行物語集
飯田 茂実

こんなの大好き。333の断章。「世界のすべての人びとを愛するために、彼女は電話帳を開き、ひとりひとりの名前を精魂こめて覚え始めた。」「彼は日曜日の出来事を詳細にしたためた日記を一冊書きあげるのに月曜日から土曜日までの六日間を費やして、遺産をゆるゆる食いつぶしている。」「秘密の隠し場所から、青年時代の日記を取りだしてみると、何者かの手で、忘れ難い出来事の数々が書き換えられていた。」などなど。ほとんどイメージの一発勝負だが、イメージを殺さない言葉を選ぶことは本当に難しい。とても良い本だけど、ルビはいらないと思った。
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2008年09月17日

そこに空白がある限り

本を書く
アニー・ディラード
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あらためて書くことは別にないのだけど。良い本でした。しみじみと。「書く」ことを愛するということが、なにものにも代えがたいことであることを、思い出させてくれるような。

「なぜなら、書くという行為はたんに不透明の中に存在するよりもずっといいからだ。苦しみ抜いて生み出される難解な文章でゆっくりと埋められていく紙。可能性の純粋さに満ちた紙。命取りの紙。あなたはその紙にありったけの生きる力をもって集めた完全にはまだ及ばない秀逸な文章を刻み込むのだ。その紙があなたに書くことを教えてくれる。」

そこに空白がある限り。終わることなく?
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2008年09月16日

おにいちゃん。

おにいちゃん―回想の澁澤龍彦
矢川 澄子
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そのうち買おう、買おう、と思っているうちにいつしか定価では買えなくなってしまっていたので図書館で借りた。奥付を見ると95年。十年一日さもありなん。そのなんとも足の速い時の流れに逆らって四半世紀以上前の「回想」を書く心境というのはどのようなものなのだろうか。

冒頭、病床の澁澤を訪問する筆者。既に声をうしなっていた澁澤との最後の「会話」。静かで優しい和解がそこにあったのかどうか、「別れぎわ、二人はおのずと握手しあっていた」、というただそれだけのことが、なぜか涙が出るほど羨ましい。「再会」ですら難しいのが人の世。それを可能にする環境が、この人たちにはあったのだ。

いくら「不幸ではなかった。不幸どころか、こよなく幸せな、甘美で充実した日々だったのだ」、と矢川さんが言葉をつくしても、あとを継いだ形になった澁澤龍子さんの『澁澤龍彦との日々』と比較すれば、全編に悲哀の影が落ちていて、いかにも薄幸そうである。そんな比較をすることじたいとても下世話で失礼なのは承知だが、読者というのはずうずうしいもので。「私」を「I」というイニシャルで代用してしまうという痛々しいまでの謙虚さが胸に痛い。どうぞ安らかにお眠りください。あちらの庭では「おにいちゃん」という呼びかけが、きっと今日も響いていることでしょう。
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2008年09月08日

言葉の品格

日本への遺言―福田恒存語録 (文春文庫)
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D・H・ロレンスの名著『現代人は愛しうるか―黙示録論』にあれほどの衝撃を受けたのはひとえにこの福田氏の気高く、凛々しい翻訳のおかげであったのではなかっただろうか。私個人の語学力の問題もあるだろうけど、原書で読んだときにはさほどの感激も感動もなかった。

今現在福田恒存の言葉に接しようと思ったらいきなり全集をどーん、になってしまうので、なるべく多くの人に、手にとってもらえるように、というのがこの本のコンセプト。おいしい部分だけを1頁を超えない分量で細切れに抜き取ってきているので、よくありがちな「ポケットに名著を」感はぬぐい去れない。前後の文脈も読みたい、もっともっとこの人の言葉を読みたい、と思うが、現代人は愛しえないほど忙しい(笑)から仕方がないか。どこの頁を開いても独自の批判精神に貫かれた品格ある言葉が並んでいるから、それだけでも満足だ。「意識の歪みは存在の歪みによつて決定される前に、まづ言葉の誤用から始る。」ぴしゃーっと竹刀で背筋を伸ばされる感がする。その中でお気に入りの一文。「真にむづかしいこと、真に勇気の要ること、それは誠実ではない、うそをつくことだ。うそをつくとは、自分に誠実であることより、他人に誠実であることを重んずる流儀にほかならない。」軽妙と、深厳の、絶妙なバランス。
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2008年08月31日

乱れ読む

祝、読書解禁!

というわけで5日間で4冊読んだ。んもう幸せ。幸せすぎて脈絡なさすぎて笑える4冊。まずはヴォネガット、再読。

タイタンの妖女 (ハヤカワ文庫 SF 262)
カート・ヴォネガット・ジュニア 浅倉 久志
4150102627

このとことん利用され尽くす物語、徹底的に利用され尽くす物語に、なんらかの救済を求めたい気分がしたものだから。全人類のすべての営みがたったそれだけのことのためにあるとしたら、私やあなたが何をしたところでたいして問題ではないのだ。たいして問題ではないけれど、超巨視的な視点に立てば、もしかすると、たとえばくしゃみひとつ、まばたきひとつであっても、トラルファマドール星の誰かさんにとっては決して欠くことのできないパズルの一片であるのかもしれない。どちらにしても、「だれにとってもいちばん不幸なことがあるとしたら」「それはだれにもなにごとにも利用されないことである」というビアトリスの結論は正しい。

OUT 上  講談社文庫 き 32-3 OUT 下  講談社文庫 き 32-4
そして画像だけ並べてみる『OUT』、桐野夏生初体験。母親の部屋に積んであったのでいつか読もうと思っていた。解説が松浦理英子であった。マサコさんもヨシエさんも「ライオット・ガール」の系譜に連なる女傑、というわけか。女が強く逞しいことの心地よさ、小気味よさよりもグロさが先に立ってきつかった。これが「エンタテインメント」になりうる世の中が恐ろしい。だってたくさんの人が読むんでしょ? 私にはこれを「面白い」という勇気はないよ。

うたかたの日々 (ハヤカワepi文庫)
ボリス・ヴィアン 伊東 守男
4151200142

そして本棚で目があったボリス・ヴィアン、再読。何年ぶりでしょうか。解説は小川洋子だった。あら。そうだっけ。「肺に睡蓮が生える話」、とたった9文字でとてつもない独創性を勝ち得てしまうという不朽の名作だけれども、オトナになって読み返してみると睡蓮はただの乙女チックな小道具なのではなく、労働や貧窮と密接につながりのある、人間の生の悲しみの象徴たりえているあたりがさすがに、名作である所以であるのだなあ、と感じ入った次第。
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2008年08月11日

ハイスクール1968

ハイスクール1968 (新潮文庫 よ 30-1)
四方田 犬彦
4101343713

個人的に1970年前後に東大周辺にいた人々の動向に関して並々ならぬ関心があるもので、むさぼるように読み終える。なんてうらやましいハイスクール。難解であることが格好良かった時代。それに比べて私の世代のハイスクールの、なんと軽薄なこと。せいぜいがバンドブームとそれに続くルーズソックスに象徴される女子高生ブーム、学校生活の不平不満を逸らせる娯楽には事欠かず、若い情熱が「政治」に向けられることなど一切なかった。そのなかで精いっぱい、他と違った存在になろうとして、そうそう、渋澤、『マルドロール』、ランボー、吉本隆明、読んだ読んだ。映画だって今はなきシネマ・ヴェリテや国名小劇に足しげく通い、フェリーニだゴダールだとありがたがってはとにかくみんなが観ていないものを、と躍起になり、音楽だって、とりあえず、温故知新だのなんだのといって、正直あんまりわからないながらもCREAMだのSMALL FACESだのと、古くさい(失礼)ものを気取って聞き(四方田氏はロックに関してビートルズとストーンズ一辺倒であるが私は実は両方苦手だ)、誰々は何々に影響を受けててうんぬんかんぬんとB!誌を無反省に受け売りしながら、ずいぶん頑張ったものだけど。20年以上あとの世代の私が高校生のころに、数少ない同志(?)と目指していたのは、まさにここに書かれてあったハイスクールなのだった。

先生とわたし』とあわせて読むと、うらやましくてうらやましくて、身もひきちぎれんばかり。
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2008年06月06日

たぶん異色の

生きるなんて (朝日文庫 ま 3-3) (朝日文庫 ま 3-3)
丸山 健二
4022643978

書き下ろしってウソでしょう、こんな書き下ろしって成立するの? とおかしな心配をしたくなるような、おそらくかなり若い世代に向けて書かれたありきたりの人生論、の形式でもって書かれたまったくありきたりでない人生論。

猛烈な否定の連発に嫌悪感を覚えない人はあまりいないだろうと思う。けれどこの不愉快な否定に対して「そんなことはない!」と反論を加えようとすれば、おのずと徹底的に考えなければならない羽目に陥る。まさにそれこそが、本書で繰り返し指摘される「自立」(或いは「自律」、であろう)への第一歩となりうる。

以下いくつか抜粋。

「友人がいないことを大げさに嘆く必要はありません。そんなに嘆きたければ、友人がいないことを嘆くようなおのれの不甲斐なさを嘆いてください」

「誰かに叱って欲しいと思う前に、自分で自分を叱り飛ばす習慣を身につけてください」

「傾注に値する真の言葉は、甘やかされていない肉体からしかほとばしることはないのです」

「五体はむろんのこと、爪の一枚一枚、歯の一本一本までがあなたを構成する肉体の部分であって、それはあなた以外には管理できない、命に直結している大切な物なのです。唯一無二であるおのれの肉体を疎かに扱う者に、人生について何を語る資格があるというのでしょう」

「人生論」なんか読んだことがないから、ほかに比較対象がないけど、たぶん異色の人生論なんだろうと思う。
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2008年06月05日

物悲しいアリス

反少女の灰皿
矢川 澄子
4103278021

おすすめしていただいた本書、やっと読みました、図書館で借りて(高すぎて買えない…)。

実はアリスを読んだことがない。あえて、そういう、「少女少女」したものは読みたくなかった。現役の少女時代に熱心に読んでいたのはなんでそうなったのか分からないけど高橋和巳やサルトルやそれこそ澁澤龍彦で、もう少女ではなくなってから、実はアリスはかわいらしいだけのお話じゃないんだよ、ということをいくら教えられても、今度はその諧謔の部分にしり込みをして、おいそれと手を出せなくなった。これは不幸なことである。

矢川澄子さんの経歴を思うとこれまたおいそれと読後感を書いたりはできない(そういう神話化が働いてのこのプレミア価格か!)。聡明すぎるアリスはどこか物悲しい。残酷に自分の人生を見据えている。節々に感じられる誇り高さ気高さには喪失感が付きまとっている。嗚呼、やっぱり憧れてしまった。
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2008年05月21日

表現の冒険

戦後短篇小説再発見〈10〉表現の冒険 (講談社文芸文庫)
講談社文芸文庫
4061982702

「荒野に杭を立て続ける」という気合の入ったタイトルの清水良典氏の気合の入った解説が良い。表現の冒険、とは言ってもけっこうオーソドックスな、きちんとした筋立てのある短篇ばかり所収。たとえば筒井康隆の『遠い座敷』などもへんてこな話だが物語としてはきちんと成立している。『日本以外全部沈没』に入ってた、何が書いてあるのか最初から最後までまったく意味不明な「フル・ネルソン」みたいに強烈に表現の冒険をしているわけではない。だからどの短篇も「おはなし」として面白い。小島信夫の『馬』(増築した家の1階で馬を飼うことになる…)と藤枝静男の『一家団欒』(墓場のなかでの一家団欒…)、吉田知子の『お供え』(捨てても捨てても供えられる花…)が面白かった。澁澤龍彦の『ダイダロス』は別格として。んでもって高橋源一郎の『連続テレビ小説ドラえもん』は最低(笑)。
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2008年05月16日

会いたくない。

会いたかった人
中野 翠
4198605130

気分を変えて。変人伝説の類。チェルヌイシェフスキイなんかまでピックアップされていて驚く。私は絶対会いたくない。ジョージ・オーウェルなんてとんでもない。ココ・シャネルもスキャパレッリにも田中清玄にも内田魯庵にも樋口一葉にも会いたくない、こうしてこっそり読ませていただいてふーん、へー、ほー、と言ってるのが良い。福田恆存にはちょっとだけ、緊張してがっちがちになってしまうだろうけど、えっと、あの、その、とか言いながら会ってみたいかな、はじめて顔写真を拝見したけど優しそうだし。

好悪のアンテナがぴんと張られていて小気味良い。いい気分転換になりました。
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2008年04月22日

悔しいけれど(?)

ミミズクと夜の王 (電撃文庫 こ 10-1)
紅玉 いづき
4840237158

会社の年下女子に借りた。いわゆるライトノヴェル。もしかしてすごくアレかなと思って読み始め、「ねぇえー」とか「あたしぃ、村で、奴隷しててー」とかいった表記にはこの際目をつぶるとして、なかなか良かった。

純文学の人が読んだらどう思うのか教えてー、と職場の彼女は言ったので、純文学、という言葉に若干の恥ずかしさも感じつつ(その言葉はひょっとしていまや「オタク」よりも恥ずかしい言葉なんじゃないか?)、うん、古くさい小説よりずっとずっと訴えてくるものがあると思うよ、と答えた。それが正直な感想。並行して読んでいたのが大江健三郎だったので余計にそう感じたのかもしれない…。

あとがきで著者が書いていたこと。

「私安い話を書きたいの。歴史になんて絶対残りたくない。使い捨てでいい。通過点でいいんだよ。大人になれば忘れられてしまうお話でかまわない。ただ、ただね。その一瞬だけ。心を動かすものが。光、みたいなものが。例えば本を読んだこともない誰か、本なんてつまんない難しいって思ってる、子供の、世界が開けるみたいにして。」

(このブツギレの文章に生理的な反発を覚えつつも)ああ、そうだよな、と、確かに、例えば並行して読んでいる大江の、文字だらけの、改行の少ない、厳めしく脅迫的な頁よりも、さらさらと頁を繰れるこういう本のほうが、今の過剰に忙しい時代には求められているんだろう(巨匠よごめんなさい)。メルヘン仕立てのたしかに安い話だが、村の奴隷として虐待の限りを尽くされた少女が魔物の王と王国の騎士の庇護のもとに人間性を回復していく過程は悔しいけれど(?)感動的ですらあったのだった。
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2008年03月06日

ちょっと古風だけれども

英国短篇小説の愉しみ〈3〉輝く草地
西崎 憲
4480831835

アンナ・カヴァンの『氷』を読んでみたいと思っているのだけど、中央図書館にはないし、買うにもあんなお値段だし、それなら、と思ってamazon.comに洋書で注文だしたら品切れでお断りだし、とりあえずこれを読んでみる。期待通りの気味悪さ。淡々とした文章のなかに知らず知らず対峙させられる得体のしれないもの、の不気味さがとてもよく表現されている。

あとの作品はこれといったものはないけど(だいたい英国小説が苦手だ)キラ=クーチのいうひとの『世界河』は久しぶりにグノーシスの香りぷんぷんの、神の沈黙をそのまんまテーマにすえた作品で、それでいて結末で書かれる神の涙としての水のイメージが美しく、ちょっと忘れられない作品になった。ほかにもけっこうあるので読んでみようかと思う。
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2007年08月14日

はっとする、言葉

数式に物語を代入しながら何も言わなくなったFに、掲げる詩集
中尾 太一
478372198X

どこかでこの縦長の、薄い本を見かけたら、是非手にとってみてほしい。どうやら詩人は若いそうだ。不器用で無骨でぎしぎしとした感触の、それでいて鮮烈な、言葉の連なり。言葉は美しいのだと、久しぶりに思った。
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2007年05月03日

みんなで仲良く笑って暮らそう…

ヴォネガット、大いに語る
飛田 茂雄 カート・ヴォネガット
4150501505

だいたい60年代の半ばから70年代の半ばにかけての批評とエッセイ、講演などを収録。小説作品のような面白さには欠けるのだけれど、どういう思考があの世界を生み出しているのかな、と思ったらやっぱり読まずにはいられない。

曰く、<坑内カナリア芸術論>。芸術家は非常に感受性が強いからこそ社会にとって有益だ、という理論。警鐘を鳴らす存在として。なるほど。若者はなぜヘッセを読むのか。ママやパパが懐かしいから。なるほど。やっぱり出色はロング・インタビューの形になっている『自己変革は可能か』。自己変革についてなんかちっとも語っていないけど(笑)。とにかくこの人のアンテナの感度は非常によくて、よすぎて、傍受した大量の情報−あらかたの情報は絶望的観測を呼び起こすものでしかない−をとにかく、ユーモアとペーソスでもってどう食えるように料理するか、のプロセスが面白おかしく書いてある。

みんなで仲良く笑って暮らそう、という、ただそれだけのことしか、言ってないのかもしれない。それだけのことが、本当に難しいので、とびきりの笑い方を知っている人に、こうして語ってもらえることはとても救われる。
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2006年11月30日

知らず知らずに

遠い朝の本たち
須賀 敦子
4480036288

「須賀敦子」という名をはじめて聞いた、と思っていたのだがそんなわけがなくてタブッキの『インド夜想曲』、『供述によるとペレイラは…』を読んだときに知らず知らずにお世話になっていたのだった。いかに私がいい加減な本読みかということがよく分かった。

私はユルスナールの『青の物語』というのが好きで、当然『ユルスナールの靴』という本の存在も、知ってはいたのだが、そうか、こういう人の、本だったのか、となんだか急に視界が晴れたような気がした。

終戦直後の日本に、こんな女性がいたということ自体が驚きだし、なんだかこう、読むからに「(芦屋の)お嬢様」の匂いが漂ってくるのとうらはらに、何のてらいもなく「『そのために自分が生まれてきたと思える生き方を、他をかえりみないで、徹底的に探求する』のに、へとへとになっていた自分を思い出した」(「シエナの坂道」)と書いてしまうとてつもない芯の強さ、おそらくその裏には壮絶な葛藤が、苦労があるのであろうに、そんなことはおくびにも出さずにあくまでさらりと書ききってしまう強さがあって、最近涙腺が緩みっぱなしの私はひどく勇気付けられた。

文藝ガーリッシュの旅に出てよかったと思う(笑)。

I will arise and go.
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