2009年01月20日

ソラリス

ソラリス (スタニスワフ・レム コレクション)
スタニスワフ・レム 沼野 充義
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同じく『百年の誤読』をぱらぱらしていて、あ、これも読んでないなあ、と。タルコフスキーの映画は観たけどぼんやり白い印象しかない。で読後感としてはやっぱり映画より、文章のほうが良い。ソラリス学の展開を読んでいてこれまでやりすぎなんじゃないの? と敬遠していた『虚数』や『完全な真空』を読んでみたくなった。巻末の解説で、ソダーバーグのラブ・ストーリーでもタルコフスキーの懐かしさでもない、とレム自身が否定していた。たしかに、ソラリスの海とは「人間」という尺度を拒否する得体の知れない何かでしかなく、人間形態主義的な解釈の方法では太刀打ちできない存在をめぐる葛藤こそがテーマであったように思う。たぶん映像では表現することのできない、認識論的な話。いささか唐突に提示される「欠陥をもった神」というソラリスの海の一解釈を毅然と引き受ける主人公の姿勢がなぜかとても美しいものに思えた。
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2008年12月03日

幼年期の終わり

幼年期の終わり (光文社古典新訳文庫)
アーサー・C・クラーク 池田 真紀子
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誤訳問題でいろいろ取り沙汰されている光文社古典新訳文庫から。「いま、息をしている言葉で」、という売り文句通り、すらすら読める心地よさ。とても、良いことだと思う。読まないよりも、ずっと。

で『幼年期の終わり』。突如大都市の上空に宇宙艦隊が出現する。オーヴァーロードと呼ばれる異星人(その姿は第2部で明らかにされる。ちょっと陳腐で笑っちゃったけど、3部を読むと、おお、と唸った)は国家を解体し、人類に平和をもたらす。もちろんそれは最終目的ではない。第3部で明らかにされる彼らの目的は、

人類補完計画だった…。

(実際『幼年期の終わり』とエヴァンゲリオン、でぐーぐるさんに聞いてみると1万件近くヒットする)

「人類はもはや孤独ではない」。この一文がこんなに遠くまで物語を運んでいくとは。善悪の彼岸をこえるアーサー・C・クラークの幻視に脱帽。
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2008年11月10日

虎よ、虎よ!

虎よ、虎よ! (ハヤカワ文庫 SF ヘ 1-2)
アルフレッド・ベスター 寺田克也 中田 耕治
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胸のもやもやがふっとぶようなすかーっとした壮絶な復讐譚、というのを想像して読んだのだが、展開すらジョウント(未来世界において可能になるらしい瞬間移動のこと)してしまうイージーさがどうも受け入れがたかった。巻末付近のタイポグラフィーも唐突すぎてちょっと。感覚の交錯には興味あるけれど、それがあのタイポグラフィーでうまく表現されているとは言い難い。ガリー・フォイルも底が浅いし。1956年の発表当時にはきっと、ものすごく斬新な作品だったのだろう。2008年においては、残酷さが足りず、複雑さが足りない。
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2008年10月27日

凍る世界

結晶世界 (創元SF文庫)
J・G・バラード
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ついでにもう一冊バラード。バラードを代表するオールタイムベスト作品、ということなのだけど、これがいまいち、ということは私はどうもバラードに向いていないんだろうなぁ。頻出する「どえらい」という訳語もどうも気に食わない。原文ではどんな表現なんだろう。

次第に結晶化していく世界、という終末は、前に読んだ『沈んだ世界』の蒸し暑さよりも硬質で良いが(アンナ・カヴァンの『氷』を連想する)、あまり深さを感じないのは、サンダーズ博士およびベントレスら、ソーレンセンら登場人物がドタバタしすぎて関係性が曖昧になり、動機の部分がはっきりしないからではないか。永遠の時間の相のもとに、生きることも死ぬこともなく結晶となり凍結されるというのなら、ハンセン病という病を分かち合ったサンダーズとスザンヌが、もっと掘り下げられていてほしかった。
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2008年10月25日

リゾートへ

ヴァーミリオン・サンズ (ハヤカワ文庫SF)
J・G・バラード 浅倉 久志
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「ヴァーミリオン・サンズは未来が実際にどんなものになるだろうかという、わたしなりの推測である」、と冒頭。「明るすぎる砂漠のリゾート」、ヴァーミリオン・サンズ。アリゾナとイパネマ・ビーチの中間を想起されたし、とのこと。セレブリティが集うこの架空のリゾートでの、雲の彫刻だったり、歌う花だったり、歌う彫刻だったり、成長し続ける彫刻だったり、着る人の感情にあわせて形状を変えるドレスだったり、住む人の感情を記憶してこれまた形状を変える屋敷だったりの、たしかに未来的で、どことなくけだるい物語が9つ。未来はどうやら、われわれの内的な感情が外的環境に直接作用を及ぼす世界であるようだ。『ドリアン・グレイの肖像』をどうにかしたような、「希望の海、復讐の帆」がお気に入り。VTというヴァース・トランスクライバーがあらゆる詩を作り出してしまい、誰も詩を「ほんとうに」書かなくなるという設定の「スターズのスタジオ5号」も◎。しかし読む季節も場所も間違えた。夏場に、それこそリゾート地で、真昼間からシャンパンでも飲みながら、読んだらさぞ、気持ち良さそうな。
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2008年09月21日

わからなーいわからなーい

チャンピオンたちの朝食 (ハヤカワ文庫SF)
カート,Jr. ヴォネガット
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SF? このわけのわからなさはある種そうかも。とにかく私自身が落ち込んだ否定地獄にヴォネガットは効くに違いない、とすがるような気持ちで読んだのだが。なんだこれ。ヴォネガットの自己救済には繋がったのかもしれないがわからなーい、わからなーい、ぜんぜんわからなーい。ポリフォニックもいいところ、しまいには作中人物(キルゴア・トラウト)とヴォネガットが対話までしてしまう。たしかにユーモアのセンスは抜群。ばかばかしくておいおい、と笑えてしまう。どうしようもない否定ならこんなふうに拡散して茶化してふざけてしまうしか、対処法はないのかもしれない。それで少しは楽になったか? NO! 結局救済の物語はそれぞれの個人がそれぞれ用意するしかないのだ! 明日からしばらく、目に映るもの全部を××機械、と置き換えて、楽しんでみることにする。

否定機械が何を言うか!
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2008年06月04日

カフカの増補版

浴槽で発見された日記 (1980年)
スタニスワフ・レム 深見 弾
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序が良い。「新第三紀前期の文明、つまりアッシリヤ、エジプトおよびギリシャの原文化のほうが現在はるかによく知られているのは皮肉な話である。これらの古文化は、骨や石、粘板岩、青銅にその不滅の記念碑を残してくれた。ところが、新第三期の中期と後期には、知識を記録し保存するほとんど唯一の手段として<パピル>と呼ばれる物質が用いられていたにすぎない」。そしてこの<パピル>が後代、宇宙から持ち帰られた触媒物質によって分解されてしまうのだ。紙の消失による歴史の消失。この設定だけでレムさま! と手を合わせたくなるが、なんともったいないことにこの序は単なるおまけ。「浴槽で発見された日記」部分を読み進むにつれてカフカの『城』と『審判』をあわせたような不可解と不条理がすごいテンポでせまってきてわけがわからなくなる。いつまでたっても明らかにならない「使命」、よそよそしい「官僚」、堅固な「建造物」、三重スパイ、四重スパイ…。まさにカフカの増補版! 参った!
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2008年03月20日

なじめない

MOUSE(マウス) (ハヤカワ文庫JA)
牧野 修
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こういうのをライトノヴェル、っていうんだろうか、とにかく人にいただいたので読んでみた。18歳以上お断りのネバーランドで、腰にドラッグボックスをつけて体内にじかにドラッグを流し込む子どもたち=製薬会社の実験台としてのマウス、の物語。荒廃という表現がばかばかしく感じられるほどの荒れ果てた子どもの島ネバーランド。残酷かつグロテスクな想像力がページから立ちのぼってくる。かなり不快である。ドラッグの副作用で震え、発熱し、殺しあう子どもたち、ドラッグを買うために身体を売り、相手の精神的急所を言葉で突くことによって「落とす」戦いに明け暮れる子どもたち、ここまで子どもたちを虐げる必要がどこにあるのだろう。鋭敏で感覚的な言葉が並んでいるけど、それはとても悲しく響く。悲しさを際立たせるためにこの年齢の子どもたちに残酷な想像力をふるっているのだとしたらそれは卑怯なやりかただ。どうもこの設定にうまくなじめない。ただ、精神的感応を高めていくために唱和しあう言葉のつらなりはシュルレアリスム詩のようで非常に美しい。感覚的な言葉の使い方が上手な作家だと思った。
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2007年07月19日

やっと読めた…

ガラパゴスの箱舟
カート ヴォネガット Kurt Vonnegut 浅倉 久志
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なかなか落ち着かない日々なので読書もたらたらと。何冊か読みかけたけど、どうも没頭できなくて途中で投げ出してしまった、でもこれは大丈夫。

とにかく人類の100万年後の姿、はあんまり書かれていないのだけれど、とにかく100万年後の人類の礎石となる人々を独特の、細部にわたる設定から丹念に描いた、とにかく面白い一冊。既読のヴォネガット作品の中では『猫のゆりかご』『タイタンの妖女』に続いて第三位、にランクイン。まだ『チャンピオンたちの朝食』を読んでいないので暫定だけど。

人類の営みのバカっぽさ(そしていとおしさ)を描き出すには、重厚な哲学用語も深遠な教義も必要なくて、突拍子もない(むちゃくちゃともいう)発想とひとつまみ、ふたつまみ?それともわしづかみ?のユーモア、があれば十分である、と思った。「せがれよ、この呪われた船の乗客とおなじように、人類は海図も羅針儀も持たない船長たちに導かれ、その船長たちは、重要な問題などほったらかしで、自分の自尊心をいかに守るかにきゅうきゅうとして、一瞬一瞬を過ごしているだけなんだ」(p.325-356)、という一節に対しておお、これぞ世界は神に見捨てられ、盲目のデミウルゴスに支配されている、とするグノーシス主義的な世界観である、などと云々することももちろん可能だが、そんなことをするヒマがあるならヴォネガットのほかの作品を読んだほうがよさそうである。アオアシカツオドリの求愛のダンスは多分どんな哲学書にもでてこないわけだし。
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2007年06月08日

温暖化の果ては

沈んだ世界
J.G.バラード 峰岸 久
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こういうところが、と明確には指し示せないのだけれども、どうにも肌に合わない文章というのがある。私は風景描写が延々と続くような文章が苦手なのだが、この水没した世界を描いた作品も頭の中でうまくその世界を構築できなくて、南への回帰願望を共有することはできなかった。ただ水がせき止められてロンドンの街が浮上してきたところの描写は良かったと思う。温暖化の果てはこんな世界か。
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2007年06月05日

やっぱり読んでおくべき古典

タイムマシン
H.G. ウェルズ Herbert George Wells 石川 年
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これまた「超有名なのに実際あんまり読まれない」度では『ユリシーズ』級ではないかと思うが(え、皆読んでるの?)。講談社の豪華版世界文学全集はウェルズとハックスリーを収監していたのでせっかくだから読んでみた。訳者は瀬尾裕さんという方。たしかにちょっと古風な訳だった。

80万年後まで行っちゃうってことも知らなかったし、こんな切ない話なんだってことも知らなかった。世界の終りを俯瞰してしまう発想にも驚く。陽光溢れる穏やかな田園風景のなかで花を摘む草食のエロイと地下世界で機械を操作し貪欲に肉を喰らうモーロック、という構図はまんまセレブリティとプロレタリアの関係で、けっこうリアリティがある。批判めいても風刺めいてもいないところがまた逆に良かった。白い花に込められた作者の希望がとても美しい。
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2007年05月14日

カタルシス

プレイヤー・ピアノ
ジュニア,カート ヴォネガット Kurt,Jr. Vonnegut 浅倉 久志
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2005年発行ので読んだがとにかく字が大きくて読みにくかった。最近の文庫本ってどんどん字が大きくなっている。それだけぱっとページを開いたときに飛び込んでくる文字の数が減り、目を余分に動かさないといけない。ぷんすか。

さて機械による人間の疎外という超古典的テーマをおもしろおかしく読みたかったらこれである。結局なんの解決にも至らないのだがラストのシーンではそれなりのカタルシスが得られる(中庸なんかくそくらえ!)。とはいえもはや「疎外」という概念自体が時代遅れであるのと同様、内容自体は今の時代の気分と少々ずれている。機械を憎む声というのは昨今ほとんど聞かれない。今のところ、人間は機械とうまく妥協している。

正直なところ本作は、著者名が隠してあったとしたらヴォネガットの作品だとは分からないかもしれない。全体的に生硬な感じは否めなかった。
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2007年05月12日

ハイホー。

スラップスティック―または、もう孤独じゃない
カート・ヴォネガット 浅倉 久志
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ハイホー。ってなかなか良い。空元気が出る。「人間に対する愛と犬に対する愛の区別がつかない」というのも良い。この一冊まるまるがとっても悲しい空元気のような気がしてならない。
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2007年05月07日

降参

ノーストリリア―人類補完機構
コードウェイナー スミス 浅倉 久志
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んあー、えっと、なんだ? オールド・ノース・オーストラリア? ストルーン? テレパシー? 何トンもある巨大な病気の羊? 猫人? 熊人? 宇宙一の大金持ち? ごめん! 参った! とはいえ最後まで読んだ。頑張った。猫人のク・メルがかわいいのでなんとか頑張れた。なんでも短編集とあわせて読まないと全体の構図が浮かんでこないらしい。いやあ、降参。多分わくわくどきどきの手に汗握るアドベンチャー系SFなんだと思う。免疫がないので面食らってしまったけど。
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2007年04月30日

重い

スローターハウス5
カート・ヴォネガット・ジュニア 伊藤 典夫
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多分10年ぶりくらいに読む。思い返せばキルゴア・トラウトとは何者だろうかと、読んでみたい本リストに名前をのせて検索しまくった記憶がある。ヴォネガットのほかの作品を読んでみて、ああ、そういうことだったのか、と苦笑する。置き土産みたいでうれしい。生前読んだのはこの『スローターハウス5』と『ホーカス・ポーカス』、『猫のゆりかご』の3冊だけだった。

著者も文中で認めているとおり、おそらく失敗作なのだろう。いやに感傷的だし、絶妙のユーモアのセンスも影をひそめている。ドレスデン爆撃の惨禍に関してはちょうど今、『ドレスデン、運命の日』という映画が公開されている(コチラ)。生き抜いたものの証言としてはこの本はなんらの重要性も持たないが、それでも

「いいんです」と、ビリーはいった。「何であろうといいんです。人間はみんな自分のすることをしなければならないのですから。わたしはトラルファマドール星でそれを学びました」
という一節は極度の悲惨を生き抜いたものでしか持ち得ない重みを有している。

神よ願わくばわたしに
変えることのできない物事を
受け入れる落ち着きと
変えることのできる物事を
変える勇気と
その違いを常に見分ける知恵とを
さずけたまえ
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2007年04月29日

シニカルなあしながおじさん

ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを
カート・ヴォネガット・ジュニア 浅倉 久志
4150104646

これもはじめて。ああ、もう、そういうのを共産主義っていうんだよ、という月並みな反応をぶっ飛ばしてしまう面白さ。以下引用。
「いよいよ史上最高の皮肉な瞬間がやってきたぞ。いやしくもインディアナ州選出のローズウォーター上院議員が、わが子に対してこんな質問をしなけりゃならんとはな。「おまえは過去現在をつうじて共産主義者だったことがあるか?」」
「そう、ぼくの考えていることは、大多数の人たちにいわせれば、たぶん共産主義思想ということになるでしょうね」エリオットは無邪気に答えた。「だってそうじゃないですか、おとうさん。貧乏人の中で働いていれば、だれだってときにはカール・マルクスにかぶれずにはいられませんよ−それでなければ、いっそ聖書にかぶれるかだ。ぼくはそう思うんですが、この国の人たちが平等に物を分けあわないのは恐ろしいことです。こっちの赤ん坊は、このぼくがそうでしたが、広大な地所を持って生まれてくるのに、あっちの赤ん坊はなんにも持たずに生まれてくる−そんなことを許しておく政府は、不人情な政府です。ぼくにいわせれば、いやしくも政府と名がつく以上、せめて赤ん坊にだけは公平に物を分配してやるべきです」(P.137)
運、あるいは運命に対する辛辣な姿勢が片方にあり、そうしてもう片方には、
「こんにちは、赤ちゃん。地球へようこそ。この星は夏は暑くて、冬は寒い。この星はまんまるくて、濡れていて、人でいっぱいだ。なあ、赤ちゃん、きみたちがこの星で暮らせるのは、長く見積もっても、せいぜい百年ぐらいさ。ただ、ぼくの知っている規則が一つだけあるんだ、いいかい−
 なんてったって、親切でなきゃいけないよ」(P.146)
という涙が出そうな博愛主義的な(とはいえたっぷりイロニーのまじった)視線がある。なんていう懐の深さなんだろう。現代版、シニカルなあしながおじさん物語、未読の方は是非。
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2007年04月27日

泣けるSF

タイタンの妖女
カート・ヴォネガット・ジュニア 浅倉 久志
4150102627

『猫のゆりかご』を読み返したらむしょうにほかのも読みたくなった。これははじめて読んだ。SFSFしたのが苦手で、火星とか土星とかナントカ星人が出てきただけで通常だとへなへなになってしまうのだけれど、だから最初のうちは実体化現象だとか時間等曲率漏斗だとかタイタン(土星の衛星)だとかうっひゃあ、と思ったのだけれど、水星に行ってかわいいかわいいハーモニクスが登場するあたりで設定なんかどうでも良くなった。「ボクハココニイル、ココニイル、ココニイル」「キミガソコニイテヨカッタ、ヨカッタ、ヨカッタ」という文字列を見て何も感じない人間にはなりたくない。サロも泣かせてくれる。なんてセンチメンタルなSF(そもそもSFなのか?ところでSFの定義って?)。

あらゆる営みの意味は、目的は、と迷ったら、下手な哲学書なんぞではなくこれを読めば良いと思う(モットハヤクヨンデオケバヨカッタ)。たっぷりの皮肉と、悲哀と、それを上回るやさしさと。泣けた。
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2007年04月21日

えー! そんなー!

高い城の男
フィリップ K.ディック 浅倉 久志
4150105685

第二次世界大戦で枢軸側が勝利していたなら、という壮大な目論見に基づいていることは随分前から知っていて、そういうパラレルワールドものが大好きなので(そういえば「好きな小説」と問われて絶対に名前を挙げてしまう『黒い時計の旅』だって似たような設定だ)、いつ読もう、いつ読もう、とまるで大好きなハンバーグを最後に残しておく子どものような気分で取り置きしてきた一冊なのだけれども。

枠組みは細部にいたるまでもんのすごく面白い。うなる。だからこそこの物語がどう終わるのか、どこで決着をつけようとするのか、ものすごく期待が高まって、途中休憩もせず一気に読み終えたのだけれども、結果は「えー! そんなー!」である。そんなとこで終わっちゃうの、せっかくこの枠組みなんだからもっと遊ぼうよ、とまぁ読者というのは欲深いものなので思った。

それにしても易経とは目からウロコである。これから毎晩タロットカードでも眺めることにするか(笑)。
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2007年04月20日

哀悼

猫のゆりかご
カート・ヴォネガット・ジュニア 伊藤 典夫
4150103534

このような、素晴らしい物語を、我々人類に贈ってくれたことを感謝します。哀悼の意を込めて、再読。
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2007年03月24日

グロテスクな生

愛はさだめ、さだめは死
ジェイムズ,Jr. ティプトリー 伊藤 典夫 浅倉 久志
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あれ、たしかこの人って女性だったんじゃなかったっけ、そのくらいいくら私でも知ってるぞ、と巻頭におさめられた小論を読みながら思う。「なにか逃れようもなく男性的なものがある」とシルヴァーバーグ氏は書いているのだけれども、たとえば「接続された女」のP・バーグに対する残酷なまでの貶めようなど女性でなければとうてい書けまい。おまけにヒトの「愛」を思い切りグロテスクな化け物に語らせることで吐きたくなるような生々しさを見事に表現している表題作など男性的な表現の極北にある。男性ならこうまで剥き出しにしない。

SFというより、SF的設定をたくみに利用した神話のような印象。なのでエイリアンは苦手だけれども面白く読めた。
posted by nadja. at 02:34| Comment(0) | SF | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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