2009年01月10日

野性の呼び声

野性の呼び声 (光文社古典新訳文庫)
ジャック・ロンドン 深町 眞理子
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こないだ『百年の誤読』をぱらぱら読んでいたときにああ、そういえばこれ読んでないな、と思い、お気に入りの新訳文庫で読んでみることに。『ベルカ、吠えないのか?』が良かった人は是非、って書いてあったし。バックという名のセントバーナードとシェパードの血を引く犬がゴールドラッシュ時の極寒地帯で荒々しく、逞しく、生き抜いていく様が描かれる。わたしは犬より猫、なのだけれど、こういうのを読むと犬という生き物がほんとうに畏れ多いものに見えてくる。誇り高く、気高い、不可侵の存在。猫はそこまでじゃあ、ないものね。実家に『白い牙』が未読のまま、15年くらい眠っている(…)。
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2008年12月06日

正義の人びと

カミュ全集〈5〉戒厳令・正義の人びと (1973年)

から『正義の人びと』を。ロープシン『蒼ざめた馬』と同じシチュエーションをもとにしたカミュの戯曲。革命とテロルをめぐる白熱した科白が続く。切迫したやりとりの息苦しさは本家以上か。

「死こそ、涙と血の世界に対する僕の最高の抗議になるだろう」
「もし僕が暴力に対する人間の抗議の高さに達しているならば、死が僕の行為を思想の純粋さによって飾ってくれるように」

人びとがとうに忘れ去ってしまった情熱。時代がぬるいからか、人心がさむいからか。とても古めかしいけれど、わたしはこの心優しきテロリストたちの葛藤を、とても愛おしいと思う。
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2008年12月04日

月と六ペンス

月と六ペンス (光文社古典新訳文庫)
サマセット・モーム 土屋 政雄
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もう一冊光文社の古典新訳文庫から。このシリーズ、装画がどことなく可愛らしくて素敵。そろえたくなってしまう(こらこら)。『月と六ペンス』も『人間の絆』もふるーいふるーい新潮文庫版が家にあるけど、実は初モーム。装丁が変わっただけで読みたくなるのだから不思議なものだ。

ストーリーテラーとしての巧さはいやというほど味わうことができた。これぞ、「ザ・小説」という感じ。ゴーギャンがモデルだというストリックランド、証券株式の世界に17年雌伏し、ある日突然妻子を捨てて絵を描くためにパリへ。慈悲の塊のようなストルーブ、その妻を襲う悲劇、ストリックランドの非情なふるまいと傲慢、そしてマルセイユへ、タヒチへと展開よく話はすすむ。だが話がすすめばすすむほど、「おはなし」でしかなくなっていく。東野圭吾を読んでいるときに感じるのと同じような上滑り感がする。ストリックランドが生涯を賭して描きあげた壁一面の絵を表現するところなど、もう贅言のオンパレードで溜息が出るが、どうにもピンとこないのだ。そこかしこにちりばめられている皮肉や人間観察の鋭さ(モームはスパイだったらしい!)は面白く読めたが。

1919年の作品である。解説でも触れられているが、特に後半部分は強烈なオリエンタリズムに貫かれていて読んでいてちょっと厳しい。おまけに女をなんだと思ってんのよ! と言いたいところも多々ある。が、たとえば、天才とは批評家が作り出すものである、という皮肉を最後のページに読みとるならば、かなりひねくれた自己言及的小説としても通用するかもしれないし、正直、このストリックランドという男の生きざまは、魅力的だ。

まったく余談だけれど、読んでいる間、「長身、痩せているのにがっちり、もじゃもじゃのひげ、官能的で野性的」なストリックランドのような俳優が出てくる映画を観たことがあるような気がしていろいろ考えていたのだが、一向に思い浮かばないのでとりあえずあきらめて、DIRTY THREEの『Ocean Songs』をBGMに読み進んでいたら、ヴァイオリンが泣くように軋んだところで「あ、なんだ、ウォーレン・エリスその人じゃないか」、と気づいて膝を打った。大きな背中を丸めて小さなヴァイオリンをかき鳴らしている姿はまさしく「天才」という感じだったもんなぁ。
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2008年12月02日

ひとさらい

ひとさらい (1979年)
ジュール・シュペルヴィエル 澁澤 龍彦

風邪を引きました。今年の風邪は鼻水と喉に来るようです。皆様もお気を付けください。風邪ひいたー、会社休み、わーい、読書三昧だ(笑)、などと思ってはいけませんよ。熱がさがりません。

さて心優しきフィレモン・ビガ大佐は奥方との間に子どもができないがために街角で子どもを拾ってくる。冒頭、女中とデパートに来ていたアントワンヌがさらわれるところで物語ははじまる。ビガ大佐は徹頭徹尾善人である。あしながおじさんのような人。けれどもマルセルという女の子をもらいうけたところからビガ大佐の理念はガタガタと崩れ始める。マルセルは美しく、媚態を示しさえする女の子で…

このへんのビガ大佐の煩悶は一読にあたいするのだが、第一部の夢見るようなおとぎばなしの世界がしだいしだいに壊れていくのをたどるのはちょっと心苦しい。そうして澁澤龍彦が、かくも子どもを愛するビガ大佐の物語を訳出していることにも、いいようのない矛盾を感じるのだった。
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2008年11月29日

カッコウがそっと三度鳴きさえすれば

カッコウが鳴くあの一瞬
残雪 近藤 直子

最近本当に図書館にはお世話になりっぱなし。以前から残雪を読んでみたい読んでみたいと思っていたけど、検索してみたらちゃんとあったので。手元においておきたい、という欲望とは最近うまいこと和解している。あの馬鹿知事がとち狂って「売却! 除却処分!」などと言い出さない限り、大丈夫。

女カフカ、というけれど、もっとおかしなことになっていた。物語の枠組みは不明瞭きわまりなく、「話」として成立しているのかいないのかのぎりぎりのライン上で、前後の言葉がうまくかみ合わないまま、整合性などおかまいなしに筆が進んでいく。どこがどう、というわけでもないのにとても切ない。「でも、わたしにはわかっている。カッコウがそっと三度鳴きさえすれば、すぐにも彼に逢えるのだ」。たとえばこんなところ。
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2008年10月17日

より大きな希望

より大きな希望 (1981年) (妖精文庫〈29〉)
イルゼ・アイヒンガー
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「ゲオルク、橋はもう無いわ」
「ぼくたちで、新しい橋をかけよう」
「その橋は何て名前にする?」
「より大きな希望、さ。ぼくたちの希望なんだ」
「ゲオルク、ゲオルク、星が見えるわ」

なんとも象徴的な言葉で綴られた希望或いは絶望の物語。ナチス支配下の、というバイアスをはずすことはできないが、確定的な表現を極力避けた描写は詩篇のようですらある。神は我々を嘲笑っている、だから青一色の世界へ飛ぶには己の足しか頼むことはできない、けれどその青一色の世界の別名を皆が知っているから、より大きな希望はとても悲しい。イメージの残像を追いかけていくような一種特異な読書体験。
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2008年10月15日

夜のみだらな鳥

夜のみだらな鳥 (ラテンアメリカの文学 (11))
ホセ・ドノソ
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囲い込まれた閉塞感のなかで一切の統一性を拒否しながら疾走する淫靡な想像力。フリークスの迷宮のなかに閉じ込められた<ボーイ>、九つの穴を縫い塞がれたインブンチェ、それらは飛ぶ、時空を越えて、存在の境界を越えて、たやすく別の者となることを繰り返しながら。

わざわざ大学図書館まで借りにいった甲斐があった。
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2008年09月29日

悪夢。

侍女の物語 (ハヤカワepi文庫)
マーガレット・アトウッド 斎藤 英治
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ディストピア小説が好きです。何かいいのがあったら教えてください。

近未来、ギレアデ。放射能や化学物質に汚染され、キリスト教原理主義に基づく徹底したバースコントロールが実施されている。ザミャーチン『われら』よりもハックスリー『素晴らしい新世界』よりもオーウェル『1984』よりもなまなましく怖いのは、そのバースコントロールが「侍女」という生身の女の身体を用いて行われているからで、しかもアトウッドはあからさまに悪意をこめて、そのグロテスクな「儀式」の様子を描く。妻は足を開いて横たわり、その足のあいだに侍女をはさみ、侍女の腕を押さえつける。そうして夫である司令官は、まるで妻と交わるかのように、侍女と交わる。産めない妻の屈辱と、産める侍女の屈辱が交錯する。いや、司令官の屈辱もまた。要するに、誰もがみな屈辱を味わっている。しかしいったい、何のために。

さらにこの物語の場合、侍女が「昔」を覚えているからさらに怖い。あくまでこの物語は、「ギレアデ初期」の物語なのだ。そのすぐ以前には、普通の暮らしがあった。愛する人がいて、愛する娘がいる普通の暮らし。悪夢は突然にやってきた。侍女は夜になるたびに普通の暮らしを思い出す。そして比較する。残酷な設定である。

リアリティはさほどないけれど、この意地の悪さは直接、今、この世界の滑稽さ、異常さも抉りだす。最終章の仕掛けも含めて、まるで先の読めない悪夢が次々に展開する。読み応えのある物語だった。
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2008年09月20日

最後のユニコーン

最後のユニコーン (ハヤカワ文庫 FT 11)
ピーター・S・ビーグル 鏡 明
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ユニコーンは、たったひとりで、ライラックの森に住んでいた───。

あるときユニコーンは自分が「最後のユニコーン」だと知ってしまう。そんな、まさか。そうして彼女は森を出る。仲間を捜すために。仲間を解放するために。赤い牡牛と対決するために。

プロップの類型にあてはめてみるまでもなく完璧な構成の冒険物語。言葉も美しく、気高い。へっぽこ魔術師のシュメンドリック、良き理解者であるモリー・グルー、厳めしく悲しいハガード王、逞しい騎士リーア王、この世で最も美しい生き物、ユニコーン。想像力が洗い清められるよう。極上の現実逃避に、なりました。
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2008年09月09日

ガープ! ガープ!

ガープの世界〈上〉〈下〉
ジョン・アーヴィング
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ガープの世界〈下〉

映画は観てない(グレン・クローズとロビン・ウィリアムスか…むむむ)。アーヴィングはどれもこれも長いから、初体験。ここまでディケンズだとは思ってなかったがたまらない。面白い。ジェットコースタどころか毎日がフリーフォールなガープの世界。次がどうなるのか知りたくて、それで、それで、どうしたの、どうなるの、とまるでお話をせがむ子どものように頁を繰る。幼児退行した傷痍軍人からタネだけを拝借しガープを出産するジェニー、レスリングと書くことしかしないガープ、読んで読んで読みまくるヘレン、性転換した元アメフト選手のロバータ、スマートな出版人ウルフ、哀れな間男ミルトン、暴行されて舌を切り落とされたエレンに、エレンに追従せんと自ら舌を切り落とすエレン・ジェイムズ党員、エトセトラエトセトラ、悪趣味グロテスクぎりぎりの過剰な人々が次から次へドタバタドタバタしてくれるのみならずガープの作品として作中に挟まれる「ペンション・グリルパルツァー」に「ベンセンヘイバーの世界」、もう頭がおかしくなりそう! だけどこれこそが、「小説」を読む愉しみ。
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2008年07月09日

たとえ明日世界が凍っても


アンナ・カヴァン 山田和子
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楽しみにしていた本を読み終えてしまったときの言いようのない喪失感。もう知らない自分に戻ることはできない、というさみしさ。同じクオリティのものに出会うのはいつになるだろう。

思っていたほどずんどこに真っ暗というわけではなく、意外にも肯定的な力に満ちていた。氷とはあらゆる硬化していくものの象徴であり、人は常に氷の脅威にさらされている。無関心、疎外、絶望、あきらめ、そして肉体の死、すべて氷である。それら白銀のどこまでも冷たいヴィジョンと、アルビノの髪を持つ少女を救わんとする男の静かで熱い情熱の絡み合い。筋だけを追えばロマンスであるのに、甘ったるさは一切排除され、途切れ途切れの、強烈なイメージが速いテンポで話を運んでいく。破滅は決して逃れられない形ですぐそこにある、それでも。このそれでも、が素晴らしい。
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2008年06月03日

世界がこぞって口裏を…

幻の下宿人 (河出文庫 ト 7-1)
ローラン・トポール 榊原 晃三
4309462952

「しーっ、隣に聞こえるから。」と声をひそめる。10時までなら爆音メタルもいいけれどそれ以降はできればドラムスの入っていない、アコースティックな音楽を、アンプのボリュームを小さくしぼって。深夜のシャワー? その後ドライヤーで髪を乾かすだって? 冗談じゃない! 等々、都会の賃貸マンション暮らしにはさまざまな制約が課されている。毎朝テレビに向かって大声で文句を言う隣の部屋のおっさんを堪えることもまた、ペットを飼うなとか楽器禁止だとかいった規約の一部に含まれているんだろう。けれど。なにかの些細なきっかけでその均衡が崩れたら、そのとたん、隣人たちとの絶え間ない戦闘がはじまる…。

というわけで、主人公トレルコフスキー氏は戦うのだけれど(それにしても彼はいったい何と戦っているのだろう…?)。被害妄想が嵩じていくにつれてだんだんおかしなことになってくる小説世界。この、一見なんの目的もないような悪意は果たして彼の妄想なのかそれとも現実なのか。トレルコフスキーが狂っていくさまは非常に面白おかしいのだけれど、もしもこれが現実だったら? と考え始めるとおちおち笑っていられない。
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2008年04月25日

女性は斯様にも抑圧されてきたのだ!

女の一生 (新潮文庫)
モーパッサン
4102014012

めちゃめちゃ面白い。ずっぱまりで一気読み。本棚で10年熟成させただけのことはある(笑)。しかも誰かからもらった本で経年ヤケと紙の劣化が激しくまさに「古典」にふさわしい年月の重みが。んなこたどうでもいいけど、とにかく見事に男爵令嬢が坂道を転がり落ちていく。男前の子爵の旦那は結婚と同時に吝嗇の気が見え始め、そのうち女中が出産、実は結婚前から旦那と姦通していてやっぱり旦那が孕ませた子、ああ裏切られたわ私、と嘆いてみても司祭までもがまあ仕方ないじゃないですか奥さん、となだめる始末、失意とあきらめのなかで生まれた子どもを溺愛し、旦那はまた浮気、不倫相手の旦那にバレて復讐されて、今度は甘やかされて育った息子が商売女に誑かされて家出、金をせびってついに破産、どうでしょうこのてんこもり。後半部分につれて描写がどんどん荒くなっていくのもご愛敬、女性は斯様にも抑圧されてきたのだ!なんて鼻息荒く憤る必要はまったくない。19世紀前半の貴族社会に生きた女の一生は、21世紀の現代、十分エンタテイメントとして読める(そんなことじゃダメかしら)。
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2008年03月21日

古いけどね

カストロの尼―他四篇
スタンダール 宗 左近
4042004067

そしてころっと趣向をかえて。本棚掃除シリーズ。角川から昔出ていた金色のやつ。このリバイバル・コレクション、なかなかつわものぞろい。ロレンスの『翼ある蛇』もこの金色で読んだ。ほかにも何冊か持ってるけどものによっては旧かな遣いだったり字がぎゅうぎゅうに詰まっていたりで読みにくい。それに作品じたいの古さも否めない。いまどきスタンダールを読んだところでそれが日常の話題にのぼることなどまずないのだ。そうはいっても「小説は若い伯爵夫人が徹夜して読むようなおもしろさを持たねばならぬ」と豪語するスタンダールのこと、面白くないわけがない。とくに表題作『カストロの尼』は16世紀イタリアの山賊と貴族令嬢の悲恋物語で、メロドラマとはかくあるべし! の好中篇。ほか四篇はどれも小粒だけれど、野心家たちのぎらぎらした欲望がたぎるイタリアの年代記として興味深い。この角川金色は絶版だけれど、このあいだ岩波で復刊してたのを見た。『赤と黒』や『パルムの僧院』が長すぎていやだという人はどうぞ。
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2008年03月09日

もう走りやめることなんかできない年だし。

長距離走者の孤独 (新潮文庫)
アラン・シリトー
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書籍代をけちるようになんてまさかなりたくなかったのだけど、壮絶に金欠なので新規購入を諦めて本棚を眺めわたしてみたらこれ読んでなかった。軽く15年は眠ってたんじゃないだろうか…。

それでたぶん15年前に読んでいたとしたらそうだその通りだと、走りやめる主人公に首肯したと思うが、今の私はそれは走らなければダメなんだよと、人に期待を寄せられて、なおかつそれにこたえる力があるなら、その期待がどれだけ笑止なものであったとしてもやっぱりきちんとこたえる「義務」があるんだよ、と悲しいことを思う。無理難題をふっかけられたら、不条理をかみしめながらでも、逆に相手が恐縮するくらいの答えをつきつけて、それで? たったそれだけなの? と涼しい顔をしてみせる、のもけっこう孤独だったりする。

年を食ったら読めなくなる小説がある。これなんかまさにそれ。
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2008年02月02日

類推の山

類推の山 (河出文庫)
ルネ・ドーマル 巌谷 国士
4309461565

その山はもしかするとバミューダ海域の真っ只中にいまだ発見されぬままに聳え立っているのかもしれない、コンゴ盆地のヘビースモーカーズフォレストの奥にひっそりと隠されているのかもしれない。「空中はるかに高くはるかに遠く、いよいよ高まる峰といよいよ白む雪の環を幾重にも越えたかなたに、眼に耐えられぬ眩暈をまとい、光の過剰ゆえに不可視のまま、<類推の山>の絶頂はそびえたっているのだ」から。

グーグルアースが地球の表面をくまなくうつしだす時代だからこそ、そんな山が世界のどこかにあったっていいんじゃないか? 信じることで成立する山、志を同じくする者が類推することで成立する山、ないと思えばない、けれどもあると信じればそれはあるのだ、なんだってそういうものだ。

別に観念小説でも幻想小説でもなくて冒険小説としてうわぁ面白い、と思って読めばそれでいいと思う。完成していればどんなに、と思うと非常に残念だ。ルネ・ドーマルといえばロジェ・ベルナール=ルコントと「大いなる賭け」のメンバーとして死をもてあそぶような賭けに興じていたろくでなしシュルレアリスト、というイメージがあったが、どうもそうではなくて、巻末の巌谷国士の解説を読んでも、健全なるユーモア精神に基づいて、生をあくまで明るい方向へ引っ張っていこうと努めていたようだ。たしかにこの本は元気が出る。「同胞の前で君の足跡に責任をもて」。未完の本編を補う形で付された覚書から。そういう心構えがないと山なんて登れないもんね。
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2008年01月02日

テレーズ・デスケルウ

あけました。今年もよろしくお願いします、いや、今年はよろしくお願いします(笑)。今年はもう少し深い愛情をもってこのブログに接してやろうと思っております。なのでもう、オールインワンで。カテゴリはまたそのうち整理します。



大みそかから年明けにかけて読んでいたのはモーリアックの『テレーズ・デスケルウ』。こないだ読んだ高橋たか子の講談社文芸文庫から出ているエッセイに、テレーズの足跡を追ったというフランス南西部の旅のあらましが紹介されていたので。訳者である遠藤周作もまたテレーズにとりつかれた人。たしかに。深い水の底に沈められたような静かな激情に読んでて胸が苦しくなった。三人称がいつしか独白になだれこみ、そしてえんえんと続く独白がいつしかまた三人称に戻っているという内面地獄をもってして描き出されるテレーズの孤独には都合の良い救いなど当然用意されていず、モーリアックの残酷なまなざしに凍る思いがすると同時に甘ったるい逃げ道ばかりを空想したがる昨今の想像力に対し溜飲が下がる思いがした。

お正月のバカ騒ぎには良い薬。

テレーズ・デスケルウ (講談社文芸文庫)
モーリアック 遠藤 周作
4061975692
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2007年07月26日

変だけど

一人の男が飛行機から飛び降りる
バリー ユアグロー Barry Yourgrau 柴田 元幸
4102209115

ここ数日眠る前にちょびちょび読んでいた。どれをとっても変な話ばっかりで、おかげさまで夢がねじれてこじれてえらいことになった。表題になっている「一人の男が飛行機から飛び降りる」をとってみるとして、さてそのあと、男は猛烈な勢いで地面に叩きつけられても良いわけだしラバーのような雲の上でトランポリンをしても良いわけだしその背中には巨大なパラシュートを背負っていても良いわけだし一人の女がそのあとを追って飛行機から飛び降りても良いわけだし別に女でなくても犬でも猫でもカエルでもかまわないわけだし、なんというかすべてがそういう具合の一瞬の適当な思い付きを連ねて書かれているだけのような気もするのだけれども絶妙に奇妙な物語に仕上がっているところがすごい。誰にでも書けそうで、だからといって真似てみようとしてもなかなかこうはうまくできない。文頭の一文だけをとって思いつくままに適当にキーボードの上で手を動かし、できあがったものの文末の一文を比べてみると多分ものすごく面白いことになると思う。想像力が硬化してきた頃に読むと効きそう。
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2007年06月15日

偏在する物語

回転する世界の静止点──初期短篇集1938-1949
パトリシア・ハイスミス 宮脇 孝雄
4309204252

『世界の終わりの物語』がとっても面白かったので読んでみた。『世界の〜』が筆者最後の短篇集、こっちは初期短篇集、ということでやっぱり趣きはかなり違った。生硬、というか。小説の題材になんかなりそうにない、そこらへんにいる人々のなんでもない話をとりとめなく綴っただけの(とはいえそれは本当に難しいことなのだが)起伏の少ない物語群。何も起こっていないように見えて世界は蠕動を繰り返している。今日も誰かが見知らぬ土地に夢を抱いて電車を降りただろうし、そうして何に、というわけでもなくなんとなく失望落胆して去っていっただろうし、ホテルのバーでは男と女が出会っただろうし、姉妹は些細な諍いから取り返しのつかない断絶に陥ったかもしれないし、オールドミスは上司から花束を受け取って明るい未来に夢をはせたかもしれない。回転する世界の静止点(T・S・エリオット)、とはなんとも妙なるタイトルである。その一点はありとあらゆるところにあり、誰もが自分の物語の主人公たりえる。
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2007年06月12日

極上の悪意をどうぞ

世界の終わりの物語
パトリシア ハイスミス Patricia Highsmith 渋谷 比佐子
4594030602

書いてはいけないテーマというのがたしかにあるんだろう。解説で若島正氏も述べていることなのだけれども、タブーを侵しまくりの短編10本。発がん物質を注入しての安楽死、捕鯨(タイトルがMoby DickUなのがまた良い)、放射性物質の廃棄問題、アフリカへの国連援助、刑務所や精神病院の過剰収容、ゴキブリ(!)、代理母、老人福祉、バース・コントロールとカトリック、そして核戦争。市民社会への悪意に満ちた視線が意地の悪い笑いを誘う。気楽に読めてとびきり面白い。疲れてるときなどにどうぞ。
posted by nadja. at 21:37| 小説*海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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