2009年01月09日

大丈夫であるように

@梅田ガーデンシネマ。こんなCoccoは知らない。こんな神々しい、聖女のようなCoccoは。実際『焼け野が原』以降のCoccoをほんとうに知らなかったのだけれど、日本中の傷跡を一身に引き受けて、痛ましいまでにがりがりに痩せ、それでいて無限に優しい歌(『ジュゴンの見える丘』という歌をこの映画ではじめて聴いたけど、あれが本当に『けもの道』みたいな歌を歌ってた人と同じ人が歌っている歌なのだろうか??)を歌うCoccoはもうどこかシモーヌ・ヴェイユを思わせる域にまでたどり着いてしまっていて、ただただ驚いたのだった。10代の頃はみんな死ぬのが好き、25のおばさんになるまでに死にたいと思ってる、でも、今は生きることに興味がある、と言うCoccoはいつしか人の親となり、こんなCoccoは知らないと戸惑うわたしを置き去りにして、美しく微笑んでいた。
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2009年01月07日

ピアノチューナー・オブ・アースクエイク

そして今年1本目の映画はクエイ兄弟+テリー・ギリアムの『ピアノチューナー・オブ・アースクエイク』。あやうく見逃すところだったのを滑り込みでシネ・ヌーヴォのレイトショーへ。ビオイ・カサーレス『モレルの発明』とレーモン・ルーセルの『ロクス・ソルス』が一緒になったらこうなるしかないよな、の幻想世界が爆発。マルヴィーナが夢のように美しく、永遠に反復されるのであろうラストシーンは『モレルの発明』のもの悲しさを見事に表現していて、大満足。でも前に座っていたふたり組の女の子は終わった瞬間に「訳わかんない」と言ってた(笑)。同じく『モレルの発明』を下敷きにしたアラン・レネの『去年マリエンバートで』ほどは、訳わかんなくないと思う。
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2008年12月17日

WALL・E/ウォーリー

を観てきた、タダ券もらったので(ここ強調)。「名前は、ウォーリー、700年間、ひとりぼっち」のかわいそげな映画で、会社の年下女子などはそんなん設定だけでかわいそうだし観に行ったら泣くにきまってるから行きたくない、と言っていた、けど、「はい、ここ泣くとこね」って言われてるのがまるわかりのディズニー映画なので泣いたりしないの。

ゴミの山になった地球にはもう住めなくて、宇宙船で暮らしてる元地球人たちはぶくぶくに太り、エアソファみたいなのに寝そべって、目の前のモニターを操作して食べたり飲んだり。たぶん何百年か後の世界はそんなふうになっているんだろう。うまいこと風刺もこめつつエコ推奨の優等生映画。ウォーリーもかわいいし、相手役の白いロボット、イヴはもっとかわいい。無性に手をつなぎたくなる映画なので、手をつなぎたい人がいる人はご一緒にどうぞ。
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2008年11月20日

大阪ヨーロッパ映画祭

大阪ヨーロッパ映画祭の季節。今日はシネ・ヌーヴォで『痛ましき無関心』と『蒼ざめた馬』を。『痛ましき無関心』は大阪初とのことでタイトルがごく自分好みでもあるし、かなり楽しみにしていたのだけれども正直ソクーロフ作品のなかではだめなほうなんじゃないか。原作はバーナード・ショーの『傷心の家』。こっち読まなきゃ何も分からないと思われる。船のような形の奇妙な家(ノアの方舟のような?)に暮らすエキセントリックな一家が砲弾の音を間近に聞きながらどうしようもない頽廃に明け暮れている。嬌声が耳についてうっとうしくてならない。ラストシーンは必然としても、そこに至るまでの一連の映像は、たしかに悪い意味で「痛ましい」ものだった。『蒼ざめた馬』はロープシンの原作から何回か引用したこともあるくらい大好きな一冊なのに、いきなり騒々しいフレンチカンカンで幕をあけた時点でいやな予感がした。原作を隅から隅まで貫いている孤独と身勝手、絶望と虚無感、そんなのは全部どこかへやられてしまって、ただ大公という存在を殺すことに情熱を燃やすかたくななだけの男としてのっぺり描かれていたのがものすごく不満。「すべては虚偽であり、すべては空の空である」、ここは絶対はずしちゃいけない。

蒼ざめた馬 (岩波現代文庫)
ロープシン 川崎 浹
4006021097

さっそく読みなおしにかかる。
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2008年10月18日

罪の天使たち

ブレッソン『罪の天使たち』を神戸アートビレッジで。「フランス映画の秘宝」、と銘打たれているだけあって垂涎のラインナップ。ほかのも観たかったな。

『罪の天使たち』はブレッソンの処女作であるそうで、省略やほのめかしはなし、「罪を知らない魂に罪深い魂を救うことができるか」というテーマに正面からまともにぶつかっている。熱血修道女であるアンヌ=マリーの体当たりの、自己陶酔的な救済の「押し付け」に、元受刑者でありさらに罪を重ねているテレーズの冷ややかな魂はどう応えるのか。

「100年の最初の一日だもの」、というアンヌ=マリーの潤んだ瞳が胸を打つ。
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2008年10月14日

美しくない数式

フクヤマを観に『容疑者Xの献身』を観に行ってきた。ほぼ原作通り。もちろん内海刑事は抜きにして。松雪泰子の美しいこと、堤真一の芸達者なこと、フクヤマの大根っぷりが目立つ目立つ、でもやっぱり上映中何度も「そのカットで止めて!」と思ったことです、ええ。

天才物理学者と天才数学者の対決だけあってトリックもとても面白いし、話じたいよく出来ていて、「名作」の部類に入るのは確かだと思う。映画化にあたってもおふざけ抜きで、ドラマのときみたくフクヤマがいきなりびゃーっと数式を書き始めたりはしない(あの演出はなかったよね)。映画館まで観にいっても、損はしない作品、のはず、たぶん。

ただ、原作を読んだときも思ったけど映画を観てもやはり感想は同じ。ラストがどうしても気に食わない。あれこそ最大の裏切りなんではないだろうか。あそこは、泣いて、泣いて、泣き崩れて、深く頭を下げる、で終わってほしい。いくら人倫にもとることであっても。アッペルとハーケンの四色問題の証明を「美しくない」とはねつけた数学者が作り上げた完璧な数式が、結局最後は人間の弱さによって崩壊していくさまを見るのはしのびない。彼は、貴女の、幸せを願ったのですから。貴女は、その大いなる犠牲を受け入れるべきではなかったですか。口を噤み、罪の深さに怯えながら、それでも強く、したたかに、彼が贈ろうとした幸福を、耐えるべきではなかったですか。

…そこが文学作品とミステリ作品の差なのかもしれない。「安全な」ミステリ作品においては罪には罰が必ず用意されている。安全さと美しさは並存しえない。石神さん、貴方の美しい数式には、瑕疵がありましたね。人は、完璧な論理に従えるほど、強くはないのです。

容疑者Xの献身 (文春文庫 ひ 13-7)
東野 圭吾
4167110121
posted by nadja. at 19:07| film | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月09日

グーグーだって猫である…

全メガデスファン必見!!

そう、きょんきょん(いまだにこの呼称はいいのか、小泉今日子、と書くべきか)と加瀬亮の、アメショーの仔猫がつぶらな瞳でこっちをじっと見つめているあの可愛らしいフライヤーの、大島弓子原作の、いかにものんびりのほほんな猫映画、と思われる、『グーグーだって猫である』(公式コチラ)、ああ、もう、くそっ、何度でも書いてやる、全メガデスファン必見なんだってば!

映画館で叫んでしまった。

マーティ!



ああ………。

映画のほうも、きょんきょんにもグーグーにも罪はないけど、それはそれは中途半端なつくりで、大変残念でありました。

せめて、グーグーをペットショップで買うのでなくて、殺処分の子を引き取るとか、里親さんになるとか、野良さんを連れて帰るとか、そういう設定だったら、気持ちだけでも救われたのにな、と思ったことです。
posted by nadja. at 20:34| film | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月18日

TOKYO!

@梅田ガーデンシネマ。公式サイトこちら。ポン・ジュノ×ミシェル・ゴンドリー×レオス・カラックスがTOKYOを撮るオムニバス。カラックス目当てで行ったんだけど正真正銘MERDO!(仏語で糞)な作品で痛み入る…。『ポーラX』から9年、9年待ったあげくがこれだなんて、脱力の果てに椅子にめり込みそうになる。ドゥニ・ラヴァンとのコンビ復活したうえでこれだなんて、これだなんて、これだなんて…「ひどい」という言葉すら失わせる力作(号泣)。開始直後の「糞」の字のネオンサインに吹き出す人もちらほら。TOKYOを裸足のドゥニ・ラヴァンが行く野蛮。続きはNYにて(ってホントかよ!?)。

ゴンドリーの「インテリア・デザイン」もジュノの「シェイキング東京」もよかっただけに、遊んでんじゃねーよ! 

とかなんとか、かなり面白かったんだけどね(笑)。
posted by nadja. at 23:38| film | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月10日

ぽーにょぽーにょぽにょ

ポニョ、すきーっ、ポニョ、かわいーっ

深読みを楽しんでらっしゃる方々の考察も読ませてもらったけれど、一言「かわいーっ」でいいんではないだろうかと私は思った。素朴であたたかいタッチの絵は、あのシーンは何を象徴していて云々、というような小難しい考察を拒絶しているように思えてならない。幼稚園くらいの女の子がエンドロールが流れ出したとたんにぽーにょぽーにょぽにょさかなのこー、と歌い出したのが微笑ましかった。私もあえて、「かわいーっ」に留めておくことにする。ほんとにかわいくて、ただかわいいだけでも涙って出るんだ、と序盤思ったことです。

でもでもやっぱり一言だけ。以下ネタバレ追記。
posted by nadja. at 15:24| film | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月28日

ホウ・シャオシェンのレッド・バルーン

@第七藝術劇場。公式サイトこちら。『赤い風船』へのオマージュというふれこみで、ジュリエット・ビノシュだし、とっても楽しみにしてたのだけれども、見なくていい作品だったな…。あんなにヒステリックに騒ぎ立てるジュリエット・ビノシュを見たくなかった(太っちゃって…)。すれ違い行き違い孤独を抱えて生きる人々を見守る赤い風船、という構図がわかりやすすぎて、単なる騒々しいおばさん(嗚呼…)が子どもを中国人のベビーシッターに任せて、ドタバタとあわただしく空回りするだけの日常のポートレイトと化していた。映像は綺麗だし、ピアノの使い方もよかったけど、ジュークボックスから流れてくるポップスはいただけなかった。カラックスの映画に出てた頃のジュリエット・ビノシュは可憐で、けなげで、つつましやかだったんだけどなぁ…。
posted by nadja. at 01:20| film | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月30日

赤い風船/白い馬

梅田ガーデンシネマにて。公式サイトコチラ。「出会えてよかった」とか「奇跡の映画」とか、ごたいそうな宣伝文句はこの映画に限って大げさなものではない。絶対観に行ってくださいと太字にしたいくらい。どちらも40分足らずの短いフィルムだけれど、夾雑物一切なし、最もシンプルな形の、力強く美しい、夢のような時間。私、あんまりヒトにものを勧めたりしませんが、こればっかりは機会があったら本当に観て下さいまし。あ、ちなみに、立ち見でした(…)。

以下自分のために書くネタバレ追記。観てない人は読んじゃダメ。純粋に物語を味わっていただきたいので(私は『白い馬』のラストを先に知ってしまってもったいないことをした。公式サイトのコメント欄もストーリーも、決して読まないように)。
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posted by nadja. at 20:33| film | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月24日

ビルマ、パゴダの影で

ビルマ、パゴダの影で』をナナゲイで。とっても近しい知り合いがビルマ関連のNGO活動をしているのに、私は何にも知らなくて、いつも恥ずかしい思いをしているのだった。たかがドキュメンタリー1本観たくらいで何がわかるわけでもないけど、カレン族やシャン族の難民キャンプの様子は決してテレビには映らないから、こうしてわざわざ「見られるところ」へ足を運ぶしかない。報道報道と喧しい世の中のくせに、それもおかしな話である。親をビルマ軍に殺されたシャン族の子どもが、「将来何をしたい」と問われて「兵士になってビルマ兵を殺したい」と答えていた。悲しい再生産の仕組み。けれど「それは間違っている」と言う権利も資格も誰にもない。違った未来を教えてあげることが、いったい誰にできるんだろう。サイクロンのあと、あのあたりはいったいどうなってしまってるんだろうか。

「へえ、こんなかわいそうな人たちもいるんだね」という感想を洩らしながら自分は空調のきいた映画館のソファに座っているという状況が耐えがたいから、正直この手のドキュメンタリーが苦手だ。知ったところで、何もできない、どうしようもない、せいぜいが今自分が享受している生活のありがたみを再認識して終わる程度、という逃げ腰が実は自分を守るための巧妙なウソであることに本当は気づいているから、苦手だと思うんだろう。まずは知ること、知らせること、か…?
posted by nadja. at 13:00| film | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月16日

リリー・マルレーン

気分転換にファスビンダーを。ほかにもいくつか観たかったけど時間的余裕皆無、無理。18日までシネ・ヌーヴォ。『マリア・ブラウンの結婚』とどっちしようか迷ったけど結局歌モノを。『リリー・マルレーン』といえばディートリッヒ、なのだけど、本作はそっちではなくてラーレ・アンデルセンという人の(って言っちゃあ失礼か、本家本元だもんね)逸話がベースに。帰ってからネットで調べて聴いてみたけど歌に関しては、正直やっぱりディートリッヒの迫力にはかなわないかな。興味のある人はぐぐってください(勝手にリンクはれないところっぽかったし)。

かなり生々しい砲撃のシーンにうっとりと流れ出す『リリー・マルレーン』のやわらかく物悲しい旋律………とは対照的な、「こんなまどろっこしいところはどうでもいい」とでも言わんばかりの、ファスビンダーの奔放かつ乱暴な省略、いやらしいねちっこい映し方(特に逮捕された夫が独房で、針のとんだレコードみたいに同じ箇所を何度も何度も繰り返す『リリー・マルレーン』を大音量で延々と聞かされるシーンなんてもう悪意の塊!)が見事にうっとり気分をぶち壊しにしてくれる(笑)。ファスビンダーってとんでもなくせっかちだったんじゃないかなぁ、あのテンポの速さはもはや暴力的と言いたい。

『リリー・マルレーン』とか、『花はどこへいった(where have all the flowers gone?)』(ちょうどいまナナゲイでやってる)とか、こういう重い物語を背負った歌が好きなのだけど、おまえの甘っちょろい感傷なんか知ったことか、とあざ笑われているような気さえしてくる。ナチスにプレゼントされた部屋でシャンパンを飲みながらざまあみろ俺たちは成功したんだ、とごろんごろん転がるシーンは歌が背負う美談を木っ端微塵にする。「ただの歌なのよ」「ただ歌ってるだけなのよ」と、たしかそんな科白もあった。ただの歌が、単なる偶然や気まぐれによって、ただの歌でなくなっていくことの、不気味さ或いは滑稽さ。
posted by nadja. at 19:53| film | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月20日

接吻

@シネ・リーブル梅田。明日まで。公式サイトこちら

映画なんて感情移入をして観るものでは決してないが、この作品には過剰に感情移入を求めて行った。なぜなら私がそうだったから。TVに映し出された「彼」はまなざしだけで私を捕らえた。「彼」の名が報じられる新聞記事を切り抜きし、繰り返し報じられるワイドショーまがいの報道特集を録画して、スポーツ新聞や週刊誌を買い漁った。小池栄子演ずるヒロインが全く同じことをやっていて失笑する。さてかつての私に似たヒロインにはどのような物語が用意されているのか。

ヒロインが犯罪者に惹かれる理由ものめりこむ理由も私とはまったく違った、むしろ安直すぎて笑えた(こういうのを目くそが鼻くそを笑う、という)けれど、私の事情、を度外視すればなかなかユニークな映画である。豊川悦司の不気味な存在感が良い。そして小池栄子の大きな目は空虚感をうまく醸している。あんな陰気な役ができる人のようには見えなかったのだけど。

「映画史上誰も観たことのない衝撃のラスト」は実はたいしたことがない。十分予測範囲内の、とはいえ実際にはおそらく起こり得ない、現実味に乏しいラストだ。そして私には、あの接吻の意味が分からない。これだから映画(或いは物語)に感情移入などを求めるべきではない。なぜなら自分の観たいものしかそこに観ようとしないから。
posted by nadja. at 01:24| film | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月15日

Kate Bush無敵

シネ・ヌーヴォでリヴェットの『嵐が丘』を。年末観た『レディ・チャタレイ』もそうだったんだけれどどうしてフランス人っていうのはイギリスの文学作品であっても舞台を強引にフランスに移してしまうのか。ヒースの茂る風の強い丘、っていう設定じゃなかったんだろうか…。南仏の、ラングドック地方っていうのはごつごつした岩肌の露出したたしかに荒々しい風景だったけれど、嵐が丘っていうのはさぁ…。

とはいえ、まあ、2時間10分の上映時間がたっぷり4時間くらいには感じられるほどの内容の濃さで大満足。キャサリン役のファビエンヌ・バーブがとても良かった(全然知らない人だったんだけど。『夜の子供たち』に出ているそうな)。ジュリエット・ビノシュの『嵐が丘』も観てみたくなった。

んだけど、明日嵐が丘観に行くんだよなぁ、と思って昨日の夜何気なくyoutubeでKate Bushの『Wuthering Heights』を見てしまったせいで、もうラストシーンでは頭の中で鳴り響く「Heathcliff, it's me, your Cathy〜」が音響を完全に凌駕した。ありとあらゆる『嵐が丘』は絶対にこのkate Bushの魔力から逃れられない(こういうのがいわゆる後続が先行する作品に影響を与える、っていうブルームの反定立的批評の典型なわけね…)。

posted by nadja. at 18:24| film | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月31日

発酵してた

ソクーロフ特集の締めくくりとして『日陽はしづかに発酵し』を京都みなみ会館で。実は昔、96年か97年くらいに東京でぽかんと時間があいたときに観たのだけれど、見事に気持ち良く寝てしまい(…)、今回はそのリベンジ。

…のはずだったのに仕事帰りに満員のJRに揺られていったものだから、かなり疲れててやっぱり途中飛んだ。眠いんだよソクーロフは。タルコフスキーに輪をかけて眠いんだよ。とくにこの作品は全篇くすんだ黄色が支配していて、まるでカーテン越しの西日にぼんやりあてられているような感じが2時間続く(キェシロフスキの『殺人に関する短いフィルム』を思い出した)。時折ノイズが響くのではっと目を見開くのだけれど、スクリーンにはトルクメニスタンの埃っぽい黄色い景色が続いている。気持ち良かったなぁ…。あるようでないようなストーリーよりも、粒子の荒い、ざらざらとした、熱に浮かされたようなあの黄色、ときに白っぽく(おかげで字幕がまったく見えなかったりした)、ときに緑がかった、「発酵」という字が連想させるそのまんまの色を映画館で体験したかったのでそれは十分堪能した。ロシア語は分からないけど英語のタイトルは「the days of eclipse」。「日陽(ひび)はしづかに発酵し」とは見事すぎる邦題だと思う。
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2008年05月26日

お茶の間のティルダさま…

そう、今週の日曜洋画劇場もティルダ・スウィントンさまご出演とこないだ教えていただいた『コンスタンティン』。日曜洋画劇場といえばスティーブン・セガールの沈黙シリーズとか何十回目かのインディ・ジョーンズとかダイ・ハードのイメージしかないんだけど(ごめん)、でかした!

で、肝心の映画のほうは天国と地獄の陣取りゲームという派手で突飛な話でCGてんこもり、こういうの見慣れてないから「す、すげー技術…」とそっちのほうばっかり目がいってしまった。技術を手に入れたらとりあえずなんでも試してみたくなる、というのの好例か。どろっとしたのとかぐちゃっとしたのは得意ではないので途中厳しい部分もあったけど、天使の羽を背負ったティルダさま、今作では髪も短め、化粧も控え目のマニッシュな感じで、麗しゅうございました。デレク・ジャーマンのミューズと呼ばれた人が2週続けてお茶の間に登場する奇跡。アカデミー賞の助演女優賞もとったことだしね(ちょっと複雑)。
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2008年05月25日

ランジェ公爵夫人

ずっと楽しみにしていたジャック・リヴェットの『ランジェ公爵夫人』をシネ・ヌーヴォで。ジャンヌ・バリバールの知性あふれる美貌に陶然とする。リボンで結いあげた髪とドレスの可愛らしいこと。何度屋敷を訪問してもつれない態度の公爵夫人に業を煮やしてモンリヴォー侯爵が敢行した誘拐劇のシーンで、化粧がはげ落ちるほどに涙を流しながら堰を切ったように愛を乞うときの、あの甘い陶酔の表情と言ったら。あの数分のためだけでも映画館に足を運ぶ価値がある。つれなくされればされるだけ募るのが恋心、愛する人の戸口で祈るようにその人を待つときの、胸の疼きを久しぶりに思い出した。ああ、恋がしたい(笑)。でもだからってこんな駆け引きをされたんじゃ、たまらないけど。来月リヴェット特集
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2008年05月20日

おしまいのレーニンとパパヒトラー

『牡牛座 レーニンの肖像』と『モレク神+ヒトラーのためのソナタ』を京都みなみ会館で。ソクーロフの青!あの色褪せた青!眠りを誘う青(笑)! 滲んで古くなった万年筆のインクの色、憂鬱に色があるとしたらあんな色。とくに『牡牛座』のほうは全篇にわたって青白く、白い花畑を這っていくレーニンの映像など美の極致。溜息が出た。

おしまいのレーニンは党本部から締め出されたあわれなボケ老人として描かれる。パパヒトラーは安楽なんてない!一家団欒なんてない!とヒステリックに叫び散らす。どっちかいうと『牡牛座』の静謐さのほうが好み。うー、うー、と低く唸るレーニンが痛々しい。
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2008年05月19日

ティルダさまああティルダさまティルダさま

遅ればせながらTVで『ナルニア国物語』を観た。いやん。すっごい面白い。子どもが観たらドキドキワクワクするんだろうね、と言いながら実は自分が猛烈にドキドキワクワクしているという。あんなライオンさんとお話できたらいいなー、とか寝言はさておき個人的な見どころはやっぱり白い魔女ことティルダ・スウィントンさま。もう釘付けである。『エドワードU』で衝撃を受け『ヴィトゲンシュタイン』でもう夢中、『オルランド』ではもう熱狂、その後たしか『バニラ・スカイ』と『ザ・ビーチ』でもちらりとお姿を拝見したけれど。今回は剣を取られて戦っておられた。あのすっと伸びた背筋と白鳥のようなお首。冷徹な横顔。『エドワードU』のこの世離れした美しさにはさすがに及ばないけれども堪能させていただきました。

んでちょっと検索してたらyahoo動画で『エドワードU』が無料公開されてた。なんていい時代なんだ(涙)。DVDを買いそびれていたので本当にうれしい。次の休みにゆっくり観る。
posted by nadja. at 00:23| Comment(2) | film | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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