2008年12月04日

月と六ペンス

月と六ペンス (光文社古典新訳文庫)
サマセット・モーム 土屋 政雄
433475158X

もう一冊光文社の古典新訳文庫から。このシリーズ、装画がどことなく可愛らしくて素敵。そろえたくなってしまう(こらこら)。『月と六ペンス』も『人間の絆』もふるーいふるーい新潮文庫版が家にあるけど、実は初モーム。装丁が変わっただけで読みたくなるのだから不思議なものだ。

ストーリーテラーとしての巧さはいやというほど味わうことができた。これぞ、「ザ・小説」という感じ。ゴーギャンがモデルだというストリックランド、証券株式の世界に17年雌伏し、ある日突然妻子を捨てて絵を描くためにパリへ。慈悲の塊のようなストルーブ、その妻を襲う悲劇、ストリックランドの非情なふるまいと傲慢、そしてマルセイユへ、タヒチへと展開よく話はすすむ。だが話がすすめばすすむほど、「おはなし」でしかなくなっていく。東野圭吾を読んでいるときに感じるのと同じような上滑り感がする。ストリックランドが生涯を賭して描きあげた壁一面の絵を表現するところなど、もう贅言のオンパレードで溜息が出るが、どうにもピンとこないのだ。そこかしこにちりばめられている皮肉や人間観察の鋭さ(モームはスパイだったらしい!)は面白く読めたが。

1919年の作品である。解説でも触れられているが、特に後半部分は強烈なオリエンタリズムに貫かれていて読んでいてちょっと厳しい。おまけに女をなんだと思ってんのよ! と言いたいところも多々ある。が、たとえば、天才とは批評家が作り出すものである、という皮肉を最後のページに読みとるならば、かなりひねくれた自己言及的小説としても通用するかもしれないし、正直、このストリックランドという男の生きざまは、魅力的だ。

まったく余談だけれど、読んでいる間、「長身、痩せているのにがっちり、もじゃもじゃのひげ、官能的で野性的」なストリックランドのような俳優が出てくる映画を観たことがあるような気がしていろいろ考えていたのだが、一向に思い浮かばないのでとりあえずあきらめて、DIRTY THREEの『Ocean Songs』をBGMに読み進んでいたら、ヴァイオリンが泣くように軋んだところで「あ、なんだ、ウォーレン・エリスその人じゃないか」、と気づいて膝を打った。大きな背中を丸めて小さなヴァイオリンをかき鳴らしている姿はまさしく「天才」という感じだったもんなぁ。
posted by nadja. at 19:59| 小説*海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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