2008年10月14日

美しくない数式

フクヤマを観に『容疑者Xの献身』を観に行ってきた。ほぼ原作通り。もちろん内海刑事は抜きにして。松雪泰子の美しいこと、堤真一の芸達者なこと、フクヤマの大根っぷりが目立つ目立つ、でもやっぱり上映中何度も「そのカットで止めて!」と思ったことです、ええ。

天才物理学者と天才数学者の対決だけあってトリックもとても面白いし、話じたいよく出来ていて、「名作」の部類に入るのは確かだと思う。映画化にあたってもおふざけ抜きで、ドラマのときみたくフクヤマがいきなりびゃーっと数式を書き始めたりはしない(あの演出はなかったよね)。映画館まで観にいっても、損はしない作品、のはず、たぶん。

ただ、原作を読んだときも思ったけど映画を観てもやはり感想は同じ。ラストがどうしても気に食わない。あれこそ最大の裏切りなんではないだろうか。あそこは、泣いて、泣いて、泣き崩れて、深く頭を下げる、で終わってほしい。いくら人倫にもとることであっても。アッペルとハーケンの四色問題の証明を「美しくない」とはねつけた数学者が作り上げた完璧な数式が、結局最後は人間の弱さによって崩壊していくさまを見るのはしのびない。彼は、貴女の、幸せを願ったのですから。貴女は、その大いなる犠牲を受け入れるべきではなかったですか。口を噤み、罪の深さに怯えながら、それでも強く、したたかに、彼が贈ろうとした幸福を、耐えるべきではなかったですか。

…そこが文学作品とミステリ作品の差なのかもしれない。「安全な」ミステリ作品においては罪には罰が必ず用意されている。安全さと美しさは並存しえない。石神さん、貴方の美しい数式には、瑕疵がありましたね。人は、完璧な論理に従えるほど、強くはないのです。

容疑者Xの献身 (文春文庫 ひ 13-7)
東野 圭吾
4167110121
posted by nadja. at 19:07| film | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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