2008年10月02日

解体のこころみ

哲学者の密室 (創元推理文庫)
笠井 潔
4488415040

ついに読了、1160ページ、厚さ4.5センチのお化け文庫本。とはいえそんな「大部」のものを読んだという感じはあんまりしない。あの地獄的に読みにくい(というかいまだに読了できていない)『テロルの現象学―観念批判論序説』に比べたら文章もつらつらとスムーズに流れて読みやすく、なんといっても本書で俎上に上げられているのはマルティン・ハルバッハ、失笑がこみあげてくるぐらい、おもいっきりマルティン・ハイデガーでしかない老哲学者の「死の哲学」、おまけにエマニュエル・ガドナス、これまたエマニュエル・レヴィナスの、「イリヤ」の思想までもが副菜として添えられているのだから、なまじ哲学をかじったことのある身としては面白くないわけがないのだ。

今回もまた的外れな推理を自信たっぷりに披瀝するナディア・モガールはこの際横っちょに置いておく。えー、それはちょっと、という密室トリックも、どこからそんな推理を導き出すのかさっぱり不明な矢吹駆の本質直観もさほど興味はない。「ナチズムとハイデガー」。もうこれだけでおなかいっぱい。人間の至高性を保証する死、英雄的な死、という観念を1160ページでじっくり解体する試み。補助線として用いられるレヴィナスの「イリヤ」はかなり単純化されすぎている気がするが、あくまで「推理小説」である以上、形而下に引き下げたうえで展開されるがゆえに非常に分かりやすい言葉が用いられており(ナディア・モガールの「あほっぽさ」は日常感覚を際立たせるのに一役買っている)、とても分かりやすいハイデガー批判の参考書たりえている。もちろんハルバッハ、とされている以上、同一視してはならないし、史実とは異なる設定(ネタバレになるから書かないけどえーそれはいいのか、ほんとにいいのか、と何度も思ったことですよ)もあるため、はなはだしい誤解を生む可能性もある。それでも、この死の観念を巡るハイデガーからレヴィナスへ、という仕掛けはとてもスリリングで、おそらく私自身のなかにもあったに違いないハイデガー哲学の身勝手な引用、今となっては恥ずかしさの感覚と一緒に思い起こされるテーゼ、もまた、ゆるやかに解体されていく心地よさを味わった。補助文献としてアガンベンの『アウシュヴィッツの残りのもの―アルシーヴと証人』なんぞを読んでみるのもよろしいかも。

第5作は『オイディプス症候群』なんだとか。次はあれか、あれなのか!?
posted by nadja. at 20:12| ミステリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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