2008年09月29日

悪夢。

侍女の物語 (ハヤカワepi文庫)
マーガレット・アトウッド 斎藤 英治
4151200118

ディストピア小説が好きです。何かいいのがあったら教えてください。

近未来、ギレアデ。放射能や化学物質に汚染され、キリスト教原理主義に基づく徹底したバースコントロールが実施されている。ザミャーチン『われら』よりもハックスリー『素晴らしい新世界』よりもオーウェル『1984』よりもなまなましく怖いのは、そのバースコントロールが「侍女」という生身の女の身体を用いて行われているからで、しかもアトウッドはあからさまに悪意をこめて、そのグロテスクな「儀式」の様子を描く。妻は足を開いて横たわり、その足のあいだに侍女をはさみ、侍女の腕を押さえつける。そうして夫である司令官は、まるで妻と交わるかのように、侍女と交わる。産めない妻の屈辱と、産める侍女の屈辱が交錯する。いや、司令官の屈辱もまた。要するに、誰もがみな屈辱を味わっている。しかしいったい、何のために。

さらにこの物語の場合、侍女が「昔」を覚えているからさらに怖い。あくまでこの物語は、「ギレアデ初期」の物語なのだ。そのすぐ以前には、普通の暮らしがあった。愛する人がいて、愛する娘がいる普通の暮らし。悪夢は突然にやってきた。侍女は夜になるたびに普通の暮らしを思い出す。そして比較する。残酷な設定である。

リアリティはさほどないけれど、この意地の悪さは直接、今、この世界の滑稽さ、異常さも抉りだす。最終章の仕掛けも含めて、まるで先の読めない悪夢が次々に展開する。読み応えのある物語だった。
posted by nadja. at 23:33| 小説*海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月25日

音楽だけが悪を、

沈黙/アビシニアン (角川文庫)
古川 日出男
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凄い! 言葉が煮えたぎってる!

と思ったのだった。『沈黙』は「ルコ」と呼ばれる音楽を巡っての壮大な年代記。『ベルカ、吠えないのか?』も破壊力満点だったけど、さらに上をいく。エリクソンの『黒い時計の旅』『Xのアーチ』を足したような(ということはマジモロ私好みの)、そこにさらにガルシア・マルケスの夢幻と、翻訳されていない言葉のダイレクトなリズムを加えたら、そりゃあ圧倒されるに決まってる。この人は音楽を言葉で表現する。もしかすると、音楽よりも雄弁に。音楽だけが悪を、凌駕する、音楽のような言葉が。『アビシニアン』は一度は保健所に連れられていった猫を奪還した少女が野良猫としての生を獲得し(文字通り彼女は野良猫になってしまう!)、文字を喪失したのちに語り部の少年と出会い恋に落ちる、といういっけん単純な(?)構造をしているが、失読症の世界を言葉で表現するというねじれを巧みに利用して魔術のような言葉でもって一気に読ませてしまう。古川日出男はヴィジョネールである。その幻視に、酔わされる。
posted by nadja. at 18:35| 小説*日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月21日

わからなーいわからなーい

チャンピオンたちの朝食 (ハヤカワ文庫SF)
カート,Jr. ヴォネガット
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SF? このわけのわからなさはある種そうかも。とにかく私自身が落ち込んだ否定地獄にヴォネガットは効くに違いない、とすがるような気持ちで読んだのだが。なんだこれ。ヴォネガットの自己救済には繋がったのかもしれないがわからなーい、わからなーい、ぜんぜんわからなーい。ポリフォニックもいいところ、しまいには作中人物(キルゴア・トラウト)とヴォネガットが対話までしてしまう。たしかにユーモアのセンスは抜群。ばかばかしくておいおい、と笑えてしまう。どうしようもない否定ならこんなふうに拡散して茶化してふざけてしまうしか、対処法はないのかもしれない。それで少しは楽になったか? NO! 結局救済の物語はそれぞれの個人がそれぞれ用意するしかないのだ! 明日からしばらく、目に映るもの全部を××機械、と置き換えて、楽しんでみることにする。

否定機械が何を言うか!
posted by nadja. at 00:49| SF | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月20日

最後のユニコーン

最後のユニコーン (ハヤカワ文庫 FT 11)
ピーター・S・ビーグル 鏡 明
4150200114

ユニコーンは、たったひとりで、ライラックの森に住んでいた───。

あるときユニコーンは自分が「最後のユニコーン」だと知ってしまう。そんな、まさか。そうして彼女は森を出る。仲間を捜すために。仲間を解放するために。赤い牡牛と対決するために。

プロップの類型にあてはめてみるまでもなく完璧な構成の冒険物語。言葉も美しく、気高い。へっぽこ魔術師のシュメンドリック、良き理解者であるモリー・グルー、厳めしく悲しいハガード王、逞しい騎士リーア王、この世で最も美しい生き物、ユニコーン。想像力が洗い清められるよう。極上の現実逃避に、なりました。
posted by nadja. at 18:48| 小説*海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月18日

TOKYO!

@梅田ガーデンシネマ。公式サイトこちら。ポン・ジュノ×ミシェル・ゴンドリー×レオス・カラックスがTOKYOを撮るオムニバス。カラックス目当てで行ったんだけど正真正銘MERDO!(仏語で糞)な作品で痛み入る…。『ポーラX』から9年、9年待ったあげくがこれだなんて、脱力の果てに椅子にめり込みそうになる。ドゥニ・ラヴァンとのコンビ復活したうえでこれだなんて、これだなんて、これだなんて…「ひどい」という言葉すら失わせる力作(号泣)。開始直後の「糞」の字のネオンサインに吹き出す人もちらほら。TOKYOを裸足のドゥニ・ラヴァンが行く野蛮。続きはNYにて(ってホントかよ!?)。

ゴンドリーの「インテリア・デザイン」もジュノの「シェイキング東京」もよかっただけに、遊んでんじゃねーよ! 

とかなんとか、かなり面白かったんだけどね(笑)。
posted by nadja. at 23:38| film | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月17日

そこに空白がある限り

本を書く
アニー・ディラード
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あらためて書くことは別にないのだけど。良い本でした。しみじみと。「書く」ことを愛するということが、なにものにも代えがたいことであることを、思い出させてくれるような。

「なぜなら、書くという行為はたんに不透明の中に存在するよりもずっといいからだ。苦しみ抜いて生み出される難解な文章でゆっくりと埋められていく紙。可能性の純粋さに満ちた紙。命取りの紙。あなたはその紙にありったけの生きる力をもって集めた完全にはまだ及ばない秀逸な文章を刻み込むのだ。その紙があなたに書くことを教えてくれる。」

そこに空白がある限り。終わることなく?
posted by nadja. at 01:27| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月16日

おにいちゃん。

おにいちゃん―回想の澁澤龍彦
矢川 澄子
4480813853

そのうち買おう、買おう、と思っているうちにいつしか定価では買えなくなってしまっていたので図書館で借りた。奥付を見ると95年。十年一日さもありなん。そのなんとも足の速い時の流れに逆らって四半世紀以上前の「回想」を書く心境というのはどのようなものなのだろうか。

冒頭、病床の澁澤を訪問する筆者。既に声をうしなっていた澁澤との最後の「会話」。静かで優しい和解がそこにあったのかどうか、「別れぎわ、二人はおのずと握手しあっていた」、というただそれだけのことが、なぜか涙が出るほど羨ましい。「再会」ですら難しいのが人の世。それを可能にする環境が、この人たちにはあったのだ。

いくら「不幸ではなかった。不幸どころか、こよなく幸せな、甘美で充実した日々だったのだ」、と矢川さんが言葉をつくしても、あとを継いだ形になった澁澤龍子さんの『澁澤龍彦との日々』と比較すれば、全編に悲哀の影が落ちていて、いかにも薄幸そうである。そんな比較をすることじたいとても下世話で失礼なのは承知だが、読者というのはずうずうしいもので。「私」を「I」というイニシャルで代用してしまうという痛々しいまでの謙虚さが胸に痛い。どうぞ安らかにお眠りください。あちらの庭では「おにいちゃん」という呼びかけが、きっと今日も響いていることでしょう。
posted by nadja. at 21:28| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月15日

解決しないことだらけ

マークスの山(上)(下) 講談社文庫 高村 薫
マークスの山(上) 講談社文庫

マークスの山 講談社文庫


ついでなのでざっくり読み返す。『レディ・ジョーカー』を読んでいて、あれ、合田刑事ってこんなキャラだったっけな、と思い。前回読んだのがいつだったのかもう思い出せず、前回読んだのが文庫版だったのかそうでなかったのかもあいまい、ただなんとなく、MARKS、という頭文字を追っていく話だったこと、山の話だったことだけは覚えていた。

『レディ・ジョーカー』では社長のカバン持ちをさせられながらも超人なみの千里眼と地獄耳を発揮する、牙をもがれたライオンのような印象の合田刑事だったが、『マークス』ではライオンさながらである。関西弁で吠えまくり、上司にたてつき、部下を鼓舞し、管轄を越権する。この熱さを彼はどの段階で失ったのだろう? 『レディ・ジョーカー』ではキリスト者として登場した合田刑事だが『マークス』ではその片鱗もない。ヴァイオリンも弾かない、なにせ悩み深い人であることは両作品に共通しているが。なかなか興味深いキャラである。『照柿』にも登場している、とか。これも読んだような読んでないような、たぶん母親の本棚をひっくり返せば出てくるだろうから、機会があったら再読するか。

次は、次は、とページを繰らせる構成はさすがである。だが「ミステリ」としてはまったく消化不良。動機は不明、経緯も不明、そもそも犯罪の端緒となるはずのきっかけを、重度の健忘を患っている「犯人」がいかにしてつかんだのかも不明、不明不明不明、でまたしてもカタルシスの欠如。この欠如が凡百の「ミステリ」との差異なのだと言われればそれまでなのだが、私自身はすとんと落ちる謎解きの瞬間の爽快感を求めてこそミステリを読むので、やっぱり読後感がよろしくない。この割り切れなさが「リアルな筆致」と言われるゆえんなのだろうか、世の中、解決しないことだらけだもんね。
posted by nadja. at 14:04| ミステリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月13日

カタルシスの欠如

レディ・ジョーカー〈上〉〈下〉
高村 薫
4620105791

レディ・ジョーカー

なかなか文庫にならないものだからもうハードカバーでいいことにした。村氏は文庫化にあたってばっさりと構成を変えてくる人だが、今作は緻密にすぎる筆がしんどかった。実質2日で読み終えた自分もどうかと思うが(二段組の上下二巻だもの。おかげで目が痛い)。

日之出ビール(エンブレムは金色の鳳凰である。アサヒビールとキリンビールを足して2で割ったようなネーミングが絶妙)社長誘拐事件とそれに続く身代金要求、という「事件」は確かに起こるのだが、超巨大企業をとりまくシステムは「事件」の解決を許さない。犯人でさえ、不気味なシステムの見えざる手によって葬り去られていく。その過程に戦慄する。『リヴィエラを撃て』とか『黄金を抱いて翔べ』のような爽快な犯罪モノとはまったく異なり、胸いっぱいに重い砂を飲まされたような読後感が残る。裁かれることもなく許されることもなく、どろりとした流れのなかに飲み込まれていく悪の数々は結局個々人の内側で、消化されるか黙殺されるしかない。指差し機能も自浄作用も失ったどん詰まりのシステムを前に呻吟する男たち(女たち、は驚くほどに排除されている)。「ジョーカー」とは「解決しえぬもの」の別称でもあるのだろう。

最終的にジョーカーを引かされるのは読者である、という、このカタルシスの欠如はいかんともしがたい。作中、根来から加納へはついに手渡されることのなかった「シモーヌ・ヴェーユ著作集」でも読むか(笑)。
posted by nadja. at 21:48| 小説*日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月10日

ぽーにょぽーにょぽにょ

ポニョ、すきーっ、ポニョ、かわいーっ

深読みを楽しんでらっしゃる方々の考察も読ませてもらったけれど、一言「かわいーっ」でいいんではないだろうかと私は思った。素朴であたたかいタッチの絵は、あのシーンは何を象徴していて云々、というような小難しい考察を拒絶しているように思えてならない。幼稚園くらいの女の子がエンドロールが流れ出したとたんにぽーにょぽーにょぽにょさかなのこー、と歌い出したのが微笑ましかった。私もあえて、「かわいーっ」に留めておくことにする。ほんとにかわいくて、ただかわいいだけでも涙って出るんだ、と序盤思ったことです。

でもでもやっぱり一言だけ。以下ネタバレ追記。
posted by nadja. at 15:24| film | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月09日

ガープ! ガープ!

ガープの世界〈上〉〈下〉
ジョン・アーヴィング
4102273018

ガープの世界〈下〉

映画は観てない(グレン・クローズとロビン・ウィリアムスか…むむむ)。アーヴィングはどれもこれも長いから、初体験。ここまでディケンズだとは思ってなかったがたまらない。面白い。ジェットコースタどころか毎日がフリーフォールなガープの世界。次がどうなるのか知りたくて、それで、それで、どうしたの、どうなるの、とまるでお話をせがむ子どものように頁を繰る。幼児退行した傷痍軍人からタネだけを拝借しガープを出産するジェニー、レスリングと書くことしかしないガープ、読んで読んで読みまくるヘレン、性転換した元アメフト選手のロバータ、スマートな出版人ウルフ、哀れな間男ミルトン、暴行されて舌を切り落とされたエレンに、エレンに追従せんと自ら舌を切り落とすエレン・ジェイムズ党員、エトセトラエトセトラ、悪趣味グロテスクぎりぎりの過剰な人々が次から次へドタバタドタバタしてくれるのみならずガープの作品として作中に挟まれる「ペンション・グリルパルツァー」に「ベンセンヘイバーの世界」、もう頭がおかしくなりそう! だけどこれこそが、「小説」を読む愉しみ。
posted by nadja. at 00:47| 小説*海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月08日

言葉の品格

日本への遺言―福田恒存語録 (文春文庫)
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D・H・ロレンスの名著『現代人は愛しうるか―黙示録論』にあれほどの衝撃を受けたのはひとえにこの福田氏の気高く、凛々しい翻訳のおかげであったのではなかっただろうか。私個人の語学力の問題もあるだろうけど、原書で読んだときにはさほどの感激も感動もなかった。

今現在福田恒存の言葉に接しようと思ったらいきなり全集をどーん、になってしまうので、なるべく多くの人に、手にとってもらえるように、というのがこの本のコンセプト。おいしい部分だけを1頁を超えない分量で細切れに抜き取ってきているので、よくありがちな「ポケットに名著を」感はぬぐい去れない。前後の文脈も読みたい、もっともっとこの人の言葉を読みたい、と思うが、現代人は愛しえないほど忙しい(笑)から仕方がないか。どこの頁を開いても独自の批判精神に貫かれた品格ある言葉が並んでいるから、それだけでも満足だ。「意識の歪みは存在の歪みによつて決定される前に、まづ言葉の誤用から始る。」ぴしゃーっと竹刀で背筋を伸ばされる感がする。その中でお気に入りの一文。「真にむづかしいこと、真に勇気の要ること、それは誠実ではない、うそをつくことだ。うそをつくとは、自分に誠実であることより、他人に誠実であることを重んずる流儀にほかならない。」軽妙と、深厳の、絶妙なバランス。
posted by nadja. at 23:07| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月04日

クライマーズ・ハイ

クライマーズ・ハイ (文春文庫)
横山 秀夫
4167659034

母親の本棚から失敬。まるで戦場のような、日航機墜落事故をめぐる某地方新聞社の制作現場。怒声、罵声が飛び交う。社内の駆け引きと、家庭との齟齬、そうして報道のあり方を問うラストとが、うまく絡まりあっていて一気に読了。『半落ち』は「泣けるいいお話」然とした読後感が好きでなかったが、こちらは最初から最後まで張りつめたテンションが続く。映画では悠木は堤真一さん。最近大活躍ですな(ガリレオ、ガリレオ・笑)。
posted by nadja. at 11:11| 小説*日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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