2008年08月31日

乱れ読む

祝、読書解禁!

というわけで5日間で4冊読んだ。んもう幸せ。幸せすぎて脈絡なさすぎて笑える4冊。まずはヴォネガット、再読。

タイタンの妖女 (ハヤカワ文庫 SF 262)
カート・ヴォネガット・ジュニア 浅倉 久志
4150102627

このとことん利用され尽くす物語、徹底的に利用され尽くす物語に、なんらかの救済を求めたい気分がしたものだから。全人類のすべての営みがたったそれだけのことのためにあるとしたら、私やあなたが何をしたところでたいして問題ではないのだ。たいして問題ではないけれど、超巨視的な視点に立てば、もしかすると、たとえばくしゃみひとつ、まばたきひとつであっても、トラルファマドール星の誰かさんにとっては決して欠くことのできないパズルの一片であるのかもしれない。どちらにしても、「だれにとってもいちばん不幸なことがあるとしたら」「それはだれにもなにごとにも利用されないことである」というビアトリスの結論は正しい。

OUT 上  講談社文庫 き 32-3 OUT 下  講談社文庫 き 32-4
そして画像だけ並べてみる『OUT』、桐野夏生初体験。母親の部屋に積んであったのでいつか読もうと思っていた。解説が松浦理英子であった。マサコさんもヨシエさんも「ライオット・ガール」の系譜に連なる女傑、というわけか。女が強く逞しいことの心地よさ、小気味よさよりもグロさが先に立ってきつかった。これが「エンタテインメント」になりうる世の中が恐ろしい。だってたくさんの人が読むんでしょ? 私にはこれを「面白い」という勇気はないよ。

うたかたの日々 (ハヤカワepi文庫)
ボリス・ヴィアン 伊東 守男
4151200142

そして本棚で目があったボリス・ヴィアン、再読。何年ぶりでしょうか。解説は小川洋子だった。あら。そうだっけ。「肺に睡蓮が生える話」、とたった9文字でとてつもない独創性を勝ち得てしまうという不朽の名作だけれども、オトナになって読み返してみると睡蓮はただの乙女チックな小道具なのではなく、労働や貧窮と密接につながりのある、人間の生の悲しみの象徴たりえているあたりがさすがに、名作である所以であるのだなあ、と感じ入った次第。
posted by nadja. at 01:27| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月28日

ホウ・シャオシェンのレッド・バルーン

@第七藝術劇場。公式サイトこちら。『赤い風船』へのオマージュというふれこみで、ジュリエット・ビノシュだし、とっても楽しみにしてたのだけれども、見なくていい作品だったな…。あんなにヒステリックに騒ぎ立てるジュリエット・ビノシュを見たくなかった(太っちゃって…)。すれ違い行き違い孤独を抱えて生きる人々を見守る赤い風船、という構図がわかりやすすぎて、単なる騒々しいおばさん(嗚呼…)が子どもを中国人のベビーシッターに任せて、ドタバタとあわただしく空回りするだけの日常のポートレイトと化していた。映像は綺麗だし、ピアノの使い方もよかったけど、ジュークボックスから流れてくるポップスはいただけなかった。カラックスの映画に出てた頃のジュリエット・ビノシュは可憐で、けなげで、つつましやかだったんだけどなぁ…。
posted by nadja. at 01:20| film | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月13日

タマや

タマや (河出文庫)
金井 美恵子
4309405819

読んじゃった読んじゃった、なんというかこの閉塞状況に耐えかねて、紅梅荘の開放的な空気を味わいたく。これという目的もなく、それこそ「希望もしない、絶望もしない」できゃっきゃきゃっきゃとじゃれあう人々。もちろん金井美恵子なのでそこには猛毒がしかけてあるのだけれど、この猛毒を逆に解毒剤とせずなんとする。現実世界ではこうまでぽんぽん都合よく偶然は連鎖しないが、この虚構ならではのスピード感を味わうもまたよし。登場人物全員が愛すべきキャラ。「人生というのは、事実の連続というよりはるかに出来事の連続あるいは不連続というべきものじゃないだろうか」、と、情けない役回りで登場させられる精神科医も最後にいいことを言う(大ラスでは結局どーんと落とされるのだけど)。事実は比較的恣意的である。出来事だけが絶対的。出来事、あるいは事件、ドゥルーズの…いやいやだめだめ、そのへんの話はまだしばらく禁止、とにかく、楽しいのですよ、この人たちは。
posted by nadja. at 02:52| 小説*日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月11日

ハイスクール1968

ハイスクール1968 (新潮文庫 よ 30-1)
四方田 犬彦
4101343713

個人的に1970年前後に東大周辺にいた人々の動向に関して並々ならぬ関心があるもので、むさぼるように読み終える。なんてうらやましいハイスクール。難解であることが格好良かった時代。それに比べて私の世代のハイスクールの、なんと軽薄なこと。せいぜいがバンドブームとそれに続くルーズソックスに象徴される女子高生ブーム、学校生活の不平不満を逸らせる娯楽には事欠かず、若い情熱が「政治」に向けられることなど一切なかった。そのなかで精いっぱい、他と違った存在になろうとして、そうそう、渋澤、『マルドロール』、ランボー、吉本隆明、読んだ読んだ。映画だって今はなきシネマ・ヴェリテや国名小劇に足しげく通い、フェリーニだゴダールだとありがたがってはとにかくみんなが観ていないものを、と躍起になり、音楽だって、とりあえず、温故知新だのなんだのといって、正直あんまりわからないながらもCREAMだのSMALL FACESだのと、古くさい(失礼)ものを気取って聞き(四方田氏はロックに関してビートルズとストーンズ一辺倒であるが私は実は両方苦手だ)、誰々は何々に影響を受けててうんぬんかんぬんとB!誌を無反省に受け売りしながら、ずいぶん頑張ったものだけど。20年以上あとの世代の私が高校生のころに、数少ない同志(?)と目指していたのは、まさにここに書かれてあったハイスクールなのだった。

先生とわたし』とあわせて読むと、うらやましくてうらやましくて、身もひきちぎれんばかり。
posted by nadja. at 02:07| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月05日

怒りの子

怒りの子 (講談社文芸文庫)
高橋 たか子
061983741

玉のような京都弁に神経を逆なでされつつ(ごめんなさい京都の人)、のつこつのつこつ読み終える。こういう読み方は話が分断されてしまうので嫌いだ。物語のもつスピードを殺してしまう。読書は時間芸術なのに。

女が女の敵になる状況のいやらしさが、いやらしさとしてダイレクトに体感できるような後半部分がすごい。「うち、この顔、好きやない」としか言い表しようのない嫌悪感。山本ますみのたまらないうっとうしさを前にしたとき、美央子の怒りが我がことのように思えてくる。

「自分のことすてきや思たはるんやないか思て、おすすめするわ。自分のことすてきや思たはる女が、都会のすてきな男と連れだったはったりして、似合わんことあるし」

こんなことを、平気で言う無神経な女がたしかに存在するのだから怖い。誰のうちにも潜むという怒りの子を、今のところはうまく飼いならしているけれど。

主題は女の底意地の悪さと美央子の「決まらなさ」。この「決まらなさ」を置き去りにして、著者は神の世界へ踏み込んでいってしまう。なんだ、結局、そこへ行くしかないのだろうか、と、「枠が欲しい」と夢で叫んだことのある私はついつい、その方向を夢想する。
posted by nadja. at 19:32| 小説*日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月02日

めくるめくノヴァーリス

ノヴァーリスの引用 (集英社文庫)
奥泉 光
4087475816

ミステリ、ではない、か。

本を読む時間がないのであるかなきかの短い通勤時間を精一杯活用してのつこつのつこつ、やっと読み終えた。あー面白かった。

何が面白いってミステリ仕立ての展開の中にマニ教から霊肉二元論からマルクスからドイツロマン派までごった煮でぐっちゃり詰まっているからで、特に酩酊状態の夢想(?)のなかでの石塚の主張にはぐぅとうなりたくなるものがあった。笠井潔の企てとは違って、うまいこと咀嚼されてうまいこと文学に昇華されている。時間ができたらもう一回読み直したい(えらそうなこと言っちゃって笠井氏の『哲学者の密室』は未読、これもそのうち読みたい)。

と に か く 本 を 読 み た い。
posted by nadja. at 00:44| ミステリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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