2005年10月28日

両立できません

ずいぶん高望みだって? それのどこが悪い? この世界の問題を真に解決する方法は二つしかない−抹殺か、複製かだ。

スーザン・ソンタグ「ダミー」(「ダブル/ダブル」/白水Uブックス所収) p.136


瞼の裏で複製を試みそれが瞼の裏から永遠に出てこないことに苛立って世界の抹殺を願う、というのが夢見がちで妄想しがちな人によくあるパターン。お気に入りのフレーズは「世界の皺ひとつ変えることはできない」。そして出典はすっかり忘れ去っている。多分ミシェル・レリスだったと思うんだけど・・・。

瞼の裏の複製世界を言葉でわしづかみにしてほーれ見てみろと放り投げてみせるのが一流の物語作家。収められた14の物語の軽やかなこと、まるで言葉に羽根でも生えているかのよう。コルタサルの「あっちの方では」が大変面白かった。「けれど、いまここでこの日記を閉じるにあたって、というのは人は結婚するか日記をつけるかのどちらかであり、この二つはうまく両立しないからだが(p.198)」という一文がたとえなかったにしても。ふふふふふ。

<読んでみよ>
・コルタサル「石蹴り遊び」集英社文庫、絶版、か。
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2005年10月26日

数珠繋ぎ

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In the Fishtank

気を取り直していこー。

LOWの「Secret Name」、しつこいようだけどホントウに素晴らしかったので一気にLOWまとめ買い、をした中の一つがこれ。DIRTY THREEとのコンピ盤。6曲しか入ってないけど買って損なし。別世界へGO。

でそこからDIRTY THREEなるなんだかアヤシゲな名前を検索、そしたらどの作品もまずジャケットワークが素晴らしく、どれもこれも欲しい!! 部屋に飾りたい!! とあいなって、ジャケ買い。横に置いた「Cinder」は10月ニューリリースの最新作。ほかにも

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Ocean Songs

とか

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Whatever You Love, You Are

とか

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Horse Stories

んも極めつけはこれとか。

ゲイジュツの秋満喫。
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...of...

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Are You Dead Yet?

「System of a Down」を買うつもりだったのに何故か今手元にあるのは「Children of Bodom」。「of」しかあってないし。んまどっちも聞きたかったから別にいいんだけど・・・。

あーなんか目ぇ醒めるくらいゴリゴリの「メタル」だわ〜。
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いつか、誰かが、最後のひとりになる

沈黙が砂のように家々を埋め尽くすだろう。家々は砂のように脆く崩れるだろう。その悲鳴が聞こえる。風と植物で押し殺された孤独で暗い悲鳴が。

フリオ・リャマサーレス「黄色い雨」/ソニーマガジンズ p.163


月と、雪と、夜と、そして追憶だけが残った村。

圧倒的置いてけぼり、圧倒的ひとりぼっち。こんな「見捨てられ方」(しかもそれはまったく非現実なものではない、文中にもあるように、なにもそれはこのアイニェーリェ村に限った話ではなく、「カスバス村でも。オタル村でも。」、またおそらくは日本のどこかの僻村でも起こりうる見捨てられ方だ)、に抗おうともせず、自然に朽ち果てることを選んだ老人。

植物に侵食され、風雪に倒され、何もかもが黄色く枯れていった。

いつか、誰かが、最後のひとりになる。そしてこんなふうに、営みのすべてが土に還っていくところを、見届ける。世界がほんとうに終わるときはきっとこんなふうに、どうしようもなく静かなのに違いない。

文中、会話文は一行も出てこなかった。
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2005年10月21日

Burst & Bloom / CURSIVE

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Burst & Bloom

よく考えたらライブまで1ヶ月きってた。悲しいけど右耳には耳栓、だろうなあ・・・。

5曲入りマキシ(?)。T1「Sink to the Beat」の絶叫なんかは受け付けない人には単なる耳障りなノイズなんだろうけど私にはヤケクソパワーの源になる。

ちっくしょーもう熱でも残業でもなんでもこいやくそったれー

そんな、感じ。
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2005年10月19日

Secret Name / LOW

あなたそれは発売から6年も経っているじゃない? といわれても私はつい数日前にはじめて聞いたばかりなのでいいのだ。いいものは6年経っていようが60年経っていようがいいのだ。だいたい耳が早かった試しなどないのだからこれでいいのだ。

あまりに衝撃的だったので更新まで滞った、横っちょの、LOWの「Secret Name」。持ってる人はそっか懐かしいなと引っ張り出してください。持ってない人興味ない人はふーんでスルーしてください。99年といえば山奥大大学院に入院した当時でその年買ったCDといえばもしかするとNINの「Fragile」とやっちんが院生室で聞いてたのにがつーんとやられたJEFF BUCKLYの「Grace」だけだったかもしれないというくらいの勢いでオンガクから遠ざかっていた頃。

数日前アマゾンから送られてきて以来、ずーっと取り憑かれたように、聞いている。もう、やめて、ともんどりうつくらい、哀しい、美しい。なんですか、この人たちは教会音楽でもやっていらっしゃったのですか、なんでこんなに厳粛なのですか、冗談抜きに祈りたくなる。曲が進んでいくにつれて、猛烈に陰鬱なT6「don't understand」を過ぎたあたりから、何かをしながら聞く、というのが失礼にあたるような気がしてきて跪く。特にT10「days of...」とT11「will the night」はもう、泣きたくて仕方がなくなる。

やっぱり「他にはもういらないんじゃないか」、というのは「時々」思うことであって、ニューリリースものをどんどん聞いていく積極性はやっぱり私にはないけど、機能停止していた頃に発売されていて世界のどっかを漂っている素晴らしいオンガクに出会うためには自分を閉じていてはいけない。
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2005年10月18日

もうすっかりピンチョン

「おまえ、その何てえか、ひとに期待し過ぎるんじゃないか。つまり、な。それは何かって言えば、おれたちの言うことの大部分なんて、まあ、大部分ノイズだよな。」
「は! たとえば今おまえの言ったことの半分はノイズだ。」

トマス・ピンチョン「スロー・ラーナー」/ちくま文庫 p.125


短篇集。「少量の雨」はこれ、ホントにピンチョンが書いたのかと思わず口走りたくなるシロモノだけれど「低地」からはああやっぱりそうだよなのわけが分からない世界が展開され引用した「エントロピー」にいたってはもうすっかりピンチョン。ピンチョン世界を分析したり研究したりしてる人が少なからずいるのはもちろん知っているけれど「もうすっかりピンチョン」と書くことでなんとなく分かったような気になることがピンチョンを味わう醍醐味であり読み終わったあとにとてつもない空虚感を感じてアタマの中が真っ白になる瞬間を味わうことで本当は何にも分かっちゃいないと苦笑いをすることもピンチョンを味わう醍醐味。

多分大昔に買って多分大昔に読んだけれどやっぱり今回も「もうすっかりピンチョン」であった。

*****

本棚一本分の本を、売ろうと思っている。

新しい血を、入れるために。
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2005年10月14日

Enough, enough...

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Happiness

一枚のCDが約50分のものだったとしてそれを聞きおえるには確実に50分かかるのはあたりまえの話で、もしもそのCDがこのCDのように素晴らしいものであったとしたら何十回、何百回、何千回と聞くので50分×∞の時間が必要になるのもあたりまえの話。

T8「the Earth」の中で彼女は「enough, enough, how much can i accept?」と歌う。

たくさんの音が世の中に溢れている、溢れすぎている。

あれも聞きたい、それも聞きたい、確かにね。

だけど時々、50分×∞の時間を一緒に過ごしてくれるこの1枚があれば他にはもういらないんじゃないか、って思うときが、あるんだ。
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2005年10月13日

The Blackened Air / NINA NASTASIA

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The Blackened Air

オンガクというものは、空間を支配するものなのだなと再認識。
開けた空(多分大阪であんなに開けた空を見ることができるのはあそこだけだ)が暮れてゆき、大阪城ホールの天井がぼんやりと赤く染まり、その向こうには悠然と天守閣が姿を見せる。ちょうど橋の上で「Ugly Face」が終わったので、自転車を止めて、「In the Graveyard」を聞きながら次第に暗くなっていく空を見た。

今フェイバリットアーティストはと聞かれたら必ず彼女の名前も挙げる。
心の奥底まで届くオンガク、神々しい。
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2005年10月11日

セキュアCD?

どうやらケイト・ブッシュさんの新作が11月にリリースされるみたいなんだけど(12年ぶりだとか、もしかしてレッド・シューズ以来です? むむむ)セキュアCDってなんだろう。こんなの読んでもちっとも分からない。予約しよっかなと思ったけど「ご注意ください」なんて書いてあると躊躇する。購入者心理が分かってないね東芝EMIさん。そんなことだからやっぱり輸入盤を選んでしまふのだよ。
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On Your Side / MAGNET

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On Your Side

今日は一日、雨の音と、柔らかいオンガクを聞いてた。とても雨に似合うオンガクだと思った。ぐるぐる発作が出ているときは本も読めないので、目の上にアイスノンを乗っけてじーっとしてるしかないのだけれど、そういうときは聴覚がとても敏感になって耳から入ってくる音だけで世界が構成されているような感じがする。

包み込まれるオンガク。T2の「Last Day of Summer」とT7「Lay Lady Lay」がとても好き。

大阪公演は11月9日。11月ライブ多すぎ。取捨選択が難しい。
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2005年10月09日

The Ugly Organ / CURSIVE

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The Ugly Organ

ちゅるちゅるちゅるちゅる 

the worst is over

ホントかなー。なーんにも終わってないような気もするけど。

ライブ、楽しみ。
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2005年10月08日

Blazing Away / MARIANNE FAITHFUL

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Blazing Away

珍しくさっきケイタイが鳴った。通常着信音は「As Tears Go By(オルゴールヴァージョン)」に設定してあるので、久しぶりに姐さんの声を聞こうと思い立つ。

コレはライブ盤。ますますスゴイ姐さんの声。しかもいい曲いっぱい。T1「Les Prisons du Roy」をきいてエディット・ピアフにはまったのは8年くらい前。T9「Ballad of Lucy Jordan」は映画「テルマ&ルイーズ」(何年経っても大好きな映画)にも使われていた曲でとても切ない。

それにしても「As Tears Go By」は姐さんの気倦く掠れた重い声がぴったり合っていると思う。悟りきったような声、諦めきったような声。渋すぎ。
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2005年10月07日

フロイトは嫌いなの。

フロイトが患者を、過去における固着から自由になれないために、現在に支障があると見なすのに対して、ユングは患者の過去への固着は、現在における障害に由来すると考えたのである。

A・ストー「ユング」/岩波書店 同時代ライブラリー p.157


本棚の整理をしているといつ買ったのかも分からない本が何冊も出てくるのだけれど本書もそのうちの一冊。なんてことはない、とても平易なユング入門本。フロイトとユングの「差異」をとても分かりやすい(分かりやすすぎる)形で提示してくれるので脳味噌の整理には役立つ。引用部分はその最も顕著なところ。私がフロイトを忌み嫌うのはなにもかもを「幼児期」の体験に還元してしまう点。

だってさ、幼児期の体験でその後のすべてが決定されてしまうのなら何のために生きてんのよ、ってことになるじゃない。現在に障害? ありまくり、だけど、私は幼い頃父がほとんど家にいませんでした、だから「父の禁止」を知りません、だから超自我が正常に形成されていなくてすぐに怠惰な方向に流れます、ってーのは単なる言い訳にすぎないだろ、と単純に思うのでフロイトよりはユングを信用したくなる、のだなということを再認識。
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So Tonight That I Might See / MAZZY STAR

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So Tonight That I Might See

ヤマイがかってからアルコール断ってたんだけど珍しく3連休がとれたのでぐびっと。

本年度「今まで聞いてなくてごめんなさいでした」ベスト3に入るMAZZY STAR(あとはLOWとCURSIVE。甲乙つけがたし)。ほどよいサイケデリック感とほわほわボーカルがたまらなくて酔っぱらってしまいそう。

ジャケットも本当に好き。
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2005年10月05日

Work Me, Lord

あゝ、もしも私に力が缺けてゆくとしたら! どうしても、神が私を、眞に−徹底的に−用ゐられるとは、即ち他の人たちのように使用されるとは思へない。私は日増しに自分の實際生活の最も初歩的な事柄に對する無智に驚く。そんなものは誰だつて、教はらなくとも、一種の勘で知つてゐることなのに。」

ベルナノス「田舎司祭の日記」/新潮文庫 p.39


司祭さん、身体が資本ですよ。何事を成すにも身体が資本ですよ。

いやそんなことはどうでもいい、この本の骨子はそんなことではまったくない。信仰を失った時代の司祭さんの嘆きだ、とはいえフランスの田舎には随分と神聖な空気が残っていたように感じられたものだけれど。それは私が信仰を知らないからか。

だからふとこんななんでもない一文に反応する。「實際生活の最も初歩的な事柄に對する無智」。督促状が来るまで住民税の存在を知らなかった、とか年末調整って何? とか「社会に出てから」(あくまでかっこつき、なわけだけれど)私って無智、と痛感せざるを得ない局面に何度も何度もぶちあたっている。いったい私が学んできたことは何だったのかな。何かの役にたっているのかな。有用性を問ったらそこでおしまい、と一番最初の講義で教えられた大学院教育というのは果たして時間の無駄以外の何物かでありえたのかな。いやいやそんなこともどうでもいい、畢竟、私は役にたつ人間なのかな。

誰かのために生きようと思ったことも、たしかにあった。

<読んでみよ>
・ウルフ「燈台へ」
・グリーン「権力と栄光」
・バルザック「暗黒事件」

問題はすべて新潮文庫の「復刊」シリーズであるところ。半透明のカバーがおしゃれなあれ。見かけたときに買っておかなくてはならないのはCDだけじゃない。
posted by nadja. at 02:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説*海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月04日

残酷。

こんなはなしを聞きながら豚はどんなに泣いたろう。なんでもこれはあんまりひどい。ひとのからだを枡ではかる。七斗だの八斗だのという。

宮沢賢治「ビジテリアン大祭」/角川文庫 p.172


本棚にあったので。引用は「フランドン農学校の豚」から。それにしてもこれは本当にあんまりひどい。ひどいけど我々が豚の肉を食べるためにどこか遠くの施設で実際に行われていることでもある。豚の胃に管を突っ込み無理矢理太らせて・・・ああもう「あんまり哀れ過ぎるのだ。もうこのあとはやめにしよう。」(p.176)、ベジタリアンにはこの先もならないと思う、きっとならないと思う、幾万の豚もこんなふうに泣いてはいないだろうと思う、だけれどもこんな手法で豚の嘆きを表現されてしまったら「このあとはやめにしよう」と想像力を遮断してしまうしかないのだ、あまりに残酷で。

モノをいただくときは、心から手を合わせていただかなければならない。
posted by nadja. at 18:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説*日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Beautiful Garbage / GARBAGE

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Beautiful Garbage

活動休止が聞くきっかけ、というのも寂しい話だけど彼らと彼女が活動していた頃私は人間的に活動停止していたので仕方ない。それにしてももったいない、楽しい曲悲しい曲切ない曲がこれでもかとつめこまれた万華鏡オンガクなのに。ちょっとだけミッシング・パーソンズを思い出した。

完全なる後追いだけどデイヴ・グロールが1曲目でドラムを叩いてるっていう「Bleed Like Me」は、聞いてみたい。
posted by nadja. at 03:13| Comment(0) | TrackBack(0) | music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月02日

ピース・ラヴ・アンド・ベジタブル。

女性は二つの乳房をもって生まれる。一つはフェミニズムであり、もう一つはベジタリアニズムである。人類はこのふくよかな乳房から溢れ出る乳によって育まれてきたのではないだろうか。

鶴田静「ベジタリアンの文化誌」/中公文庫 p.56


なんかね。引用した部分みたいな文章とか。「ガイア」って単語とか。それだけで結構眉唾なんだけれどね。だいたい「フェミニズム」って単語を見かけたらまず心の扉をさっと閉ざすんだけどね、私は。

だけどいい本だったなあ。いかに、無駄に囲まれて生きているのか、それを強く思った。世界人類がみんなベジタリアンになったら飢えないし戦争も起こらない、っていうのは絵空事だとしても、やっぱり実際に土に触れて作物を作っている人っていうのは地に足がきちんとついている感じがする。

私は積極的に肉を食べない。何かを自分に禁止する窮屈なやり方は苦手だからこれから先もベジタリアンになることは決してないと思うけど、パック詰めされてる肉の塊を見たら、肉を死体だといったトルストイのこととか、その鶏なり牛なり豚なりが屠殺されるその瞬間のことに想いを馳せてみる、くらいのことはしてみようと思う。

vegetarian、という言葉の語源は、・・・に生命を与える、とか、活気づけるといった意味を持つラテン語の「uesere」で、「ベジタブル+アン」ではないんだって。
posted by nadja. at 01:39| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月01日

ちょっと苦痛。

歌うことも好きだけれど踊ることもそれに勝るとも劣らないくらい大好きなので今日のように調子がいいといそいそとジムに出かける。んだけれどエアロビクスのオンガクというのはどうしてあんなにキラキラしてるのか。飲ま飲まイェイとか言われた日にはそりゃ、あまりのハズカシさにアタマも痛くなるっての。
posted by nadja. at 22:12| Comment(4) | TrackBack(0) | etc | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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